障害者問題研究  第30巻第1号(通巻109号)
2002年5月25日発行  ISBN4-88134-074-3 C3037 絶版


特集 訪問教育のいま

 特集にあたって清水貞夫(宮城教育大学)

訪問教育の現状・課題・展望
  西村圭也(全国訪問教育研究会,奈良県立明日香養護学校)

 1979年に制度化された訪問教育の意義はきわめて大きいが、23年を経て多くの問題点も明らかになってきている。現在、訪問教育を受けているのは重い障害をもち、自立活動を中心とした教育課程の児童・生徒が多いが,病気による入院や在宅の場合、学年相当の授業内容の教科学習を受ける児童・生徒もあり、また訪問教育になる理由についても通学手段の問題や家庭の事情による場合もあり、多様である。中学部をすでに卒業している者(既卒者)の高等部教育や訪問時間・回数などについては地域格差も大きい。これからの訪問教育のあり方について、訪問担当校を地域の小学校・中学校までひろげること、不登校も含めた対象者の拡大、高等部の修業年限の延長、授業時数・教員配置・地域格差等の改善など、いくつかの提案をした。

在宅訪問教育における福祉ニーズ
  加藤忠雄(福井大学教育地域科学部)

 障害児教育において主として重度障害児・者の教育を引き受ける訪問教育は、その約60%が在家庭児・者へのものである。在宅訪問教育は当該子どもにとって生命の維持・発達・文化教育などのためかけがえのないものであるが、教育は生活の一部であり、障害が重度であればあるほど子どもについて「まるごと」把握する必要がある。他方そうした子どもを抱える家庭にあって、その経済的・精神的負担は著しい。このような子どもおよび家庭に対して諸種の制度的援助がなされているが、それらは必要を満たしているだろうか。このような家庭について全国調査(「重度障害児の生活等援助制度に関する調査」)を行い、その結果を報告する。共通的結果のひとつとして「行政サービス」が(家庭の側から出かけるのでなく)個別家庭に入ることが求められていることがあげられ、その他多くの結果を得た。

長欠・不登校児者を含めたビジティング教育:「必要原理教育」への権利の視点から
  渡部昭男(鳥取大学教育地域科学部)

 日本国憲法は「その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利」と保護者の「子女に普通教育を受けさせる義務」とを規定している。学校教育法はスクーリング教育とともにビジティング教育も法制化しているが、義務教育とは学校に出席することであると誤解されてきた。したがって多くの重度障害児が1960年代には学校に行けなかった。全国的な教育権保障運動の結果、1979年に義務教育段階における障害児の訪問教育が、2000年には後期中等教育段階が制度化された。近年、日本では長期欠席の児童生徒が増えている。これは登校拒否やいじめ問題とも関連している。こうした子どものためにフリースクールが開設されているが公的なものではない。すべての子どもは成長・発達の必要に応じて学ぶ権利をもっており、特別な教育的ニーズを有する子には学校への通学に代わる適切な教育が提供されるべきである。本稿では、「必要原理教育」への権利の視点から、特別なニーズをもつすべての者へのビジティング教育制度の可能性と役割を明らかにした。

訪問教育との出会い
  全国訪問教育高等部バンザイ 篠崎廣子(訪問教育親の会)
  重症児のQOLと訪問教育 藤岡一郎(尼崎医療生協病院)

海外動向
 合衆国での在宅あるいは病院内での教育保障の実態
  清水貞夫(宮城教育大学)

 合衆国における在宅教育のシステムにはつぎの2方式がある。@ホームスクーリングは、通学できない事情があるわけではないが在宅での学習を選択するものである。チャータースクールなどと同じ系譜に属し、障害児にもこれを選択する者がいる。A障害などのため在宅・入院を余儀なくされている子どものためのホームバウンド・インストラクションとホスピタル・インストラクションは、各州の「障害児教育規則」などに規定され、教育委員会などから教師と関連サービスのスタッフが自宅や病院に派遣される。障害児がこうした教育を受けるとき、0〜2歳では“個別家族サービス計画”、3歳以降では“個別教育計画”が作成され、それにより教育指導や各種サービスが提供されるのが通例である。

 韓国訪問教育の動向
  朴在国(釜山大学校師範大学特殊教育学科)

 本研究は、韓国における訪問教育の現状を把握するとともに、その改善方向について検討しようとした。韓国における16地域の市・道教育庁からの報告資料と関連研究などを分析し、アメリカと日本の状況と比較・考察した。おもな結論は次のとおりである。韓国における訪問教育は、@地域によって実施方法は多様であり公式的な提示は困難である、A訪問教育担当教師が重症障害児童を対象に家庭・施設・病院を訪問して行う分離教育型の訪問教育と、軽度障害児を対象に特殊教師が一般学級などを訪問して行う統合教育型訪問教育とに区分される、B幼稚部中心のアメリカ、中・高等部にも行う日本に比べ、小学部が中心である、C改善点として、専門性の高い教師の配置、教員定数の向上、対象者数の拡大があげられる。

 フランスの病院におけるプレイセラピー・院内教育:ネケル・マドラ子ども病院の視察
  渡辺美佐子(東京都立墨東養護学校)/井上美保(TOMO空間研究所)

 フランス・パリにある国立ネケル子ども病院を訪れ、そこで子どもの患者に対し行われているセラピーや院内教育のようすを視察した結果をまとめた。病院はただ医療技術を施すところではなく子どもを一人の人間としてとらえ、精神的なケアや子どもの発達にあわせた「あそびと学び」の必要性が認知されてきており、そのことで治療効果もあがる。ネケル・マドラ病院では、子どもに両親が付き添えるスペースの整備や、リカバリールームの充実などハード面が配慮され、プロのミュージシャンによる音楽セラピーが行われていた。病院内教育は、前の学校、退院後の学校と連絡を取りながら16歳まで行っている。教員は公務員だが、子どもには病院内で多様なボランティアがかかわっており、ボランティア団体が活動資金を募って人員の募集や研修を行っている。

教育実践
  家庭への訪問教育の実践:離島の養護学校で
   濱田朋子(鹿児島県立大島養護学校)

 鹿児島県大島郡は島嶼部であり、大島にある大島養護学校は知的障害校だが、肢体障害も含めて通学したくても困難な子どもの家庭に訪問教育を行っている。訪問担当の正規教員は1名のみで、他は非常勤である。研修の機会も会う機会も限られる状況の中、教員の集団的な取り組みが困難であり校務にも追われている。その中で重度脳性まひの千尋さんの家庭を訪問しての訪問教育実践を取り上げ、家庭との協力関係を築きながら、水、ハンドベルなどの教材を用いて子どものリラックスと笑顔を引き出す、母親との二人三脚の取り組みを紹介した。離島ゆえに母親も教員も孤独になりがちで、介護の支えになることも求められ、子どもに集団学習を保障するスクーリング、教育相談の取り組みの中での離島への援助などの工夫もしている。また、教員の任期の短さについても指摘した。

 大阪の病弱養護学校における訪問教育の実践 
   清水広美・黒川啓(貝塚養護学校)・東屋照子(刀根山養護学校)・梅澤悦子(羽曳野養護学校)

  重症心身障害児施設「砂子療育園」における訪問教育
   箟晶子(兵庫県立阪神養護学校 砂子訪問教室)

 本校の砂子訪問教室在籍者はほとんどが高等部生で、訪問教育の「高等部」が実施されたことにより、過年度卒業生が次々と入学してくるようになった。過年度卒業生は思春期を乗り越えて年齢も高く、体が大きく、比較的体調が安定している人が多いが、現役の高等部生は成長期にあって、変形・拘縮の進行や、呼吸器や摂食機能等に退行が見られる年齢である。過年度卒業生・現役生それぞれの特徴を踏まえて実践を進めてきた。施設内訪問教育の場合、保護者との連携はもちろん施設職員との連携を大事にしており、生徒の課題の設定や実践における施設と学校とのキャッチボールについてもふれた。また、在宅訪問とは違い、集団学習に取り組みやすい条件にあるために数々の実践を積んできたが、このことについても意義や生徒の反応も含めてまとめた。

 訪問高等部における既卒者への取り組みと進路
   新庄久美子(京都府立与謝の海養護学校)

 訪問教育高等部試行制度の開始により、与謝の海養護学校では中等部卒業後10年のブランクを経た2名の生徒の教育を高等部訪問教育で再開した。青年、成人になっての学習である。10年ぶりの訪問教育は、人との出会いやときめき、外の世界へのあこがれ、おどろき、涙、よろこびなどと、人間にとってあたりまえの感情を呼び起こしていった。と同時に、再び卒業する時に「ひとりぼっちの生活」に戻すことがないよう、1年生から進路の取り組みをすすめ、生徒、親の願いを育てながら、行政、地域の人たちと共にネットワークをつくってきた。

連載 教育実践にかかわる理論的問題
     進路指導とトランジション1 進路指導と個別移行計画/坂井清泰(大阪千代田短期大学)

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