障害者問題研究  第32巻第1号(通巻117号)
2004年5月25日発行  ISBN4-88134-154-5 C3036  定価 2000円+税



特集 脱施設化とインクルージョン社会

特集にあたって 秦 安雄(中部学院大学人間福祉学部・本誌編集委員)

脱施設化方策の検討―脱施設化計画および脱施設化意向調査結果を中心に
  峰島 厚(立命館大学産業社会学部)
 要旨:本研究は,日本における知的障害者入所施設利用者の脱施設化,地域生活移行の方策にむけた課題を検討する.第一に,すでに脱施設化計画を実施しているコロニーの状況を分析し,施設から地域への移行実施には現行の居宅生活支援制度に上乗せ・加算する自治体独自の制度が有効であると明らかにした.しかし,国の施策は入所施設の整備打ち切り・施策放棄でしかなく,脱施設化を誘導しないばかりか逆行させている.国の方針転換こそ重要な課題となっている.第二に,実態調査を分析し,利用者・担当職員と保護者家族では,地域移行についての希望が対立的に見えるが,施設における集団支援で育つ力と居宅生活に必要だと保護者家族が考える力の相違からくることを明らかにした.個の生活と集団の生活それぞれを保障する支援策が必要である.
 キーワード:知的障害者入所更生施設,知的障害者入所授産施設,コロニー,脱施設化計画,地域生活移行,脱施設化の意向調査


脱施設化の思想的系譜と日本での展開

  塩見洋介(大阪障害者センター)
 要旨:脱施設化の具体化にあたっては各国ごとに多様な手法がとられてきた.さらに施設から出たあとに提供される地域ケアの理念や内容に関しても,各国間で大きな差異が生じている.知的障害者福祉は,放置→施設化→脱施設化の流れで発展してきた.これを歴史の発展という視点からとらえるべきである.脱施設化は,施設化を歴史上の失敗として全面否定して放置の時代への逆行をめざすのであってはならない.日本における実践に際しては,北欧とアメリカ合衆国の差異を正確に踏まえ,とりわけ合衆国に見られる新自由主義的福祉施策との融合について注意を喚起することが重要である.脱施設化は自国の福祉を人権保障の観点から総括し,障害者一人ひとりの人間らしい暮らしを保障する立場から,施策の抜本的改善を図る取り組みなのである.
 キーワード:脱施設化,施設解体,ノーマライゼーション,新自由主義

イギリスのソーシャル・インクルージョンと知的障害者
  木戸利秋(日本福祉大学社会福祉学部)
 要旨:イギリスの知的障害者福祉の動向をソーシャル・インクルージョンとの関連で捉えた.まず,1970年代以降の動向を,ノーマライゼーション,とくに脱施設化の視点から考察している.その中で知的障害者の地域生活の可能性が確認されるとともに,その問題点に関わる諸課題もまた明らかになったことを紹介している.第二に,ソーシャル・インクルージョンの登場の背景について,当時の社会問題,エクスクルージョン概念,ブレア労働党の政治理念の角度から明らかにしている.その中で,エクスクルージョンへの取り組みが,ブレア労働党の政治において重要な位置をしめていることを論じている.最後に2001年に発表された知的障害者のホワイト・ペーパーを取り上げ,ノーマライゼーションと脱施設化の論点に,80年代の脱施設化や90年代末の政治変化を経た,新しい視点が提起されていることを指摘する.
 キーワード:イギリス,知的障害者,インクルージョン,エクスクルージョン,ノーマライゼーション,脱施設化

大阪府障害者福祉事業団・金剛コロニーの施設改革と課題
  荒芝康夫(全国福祉保育労働組合大阪地方本部コロニー事業団分会)
 要旨:1970年前後,国や地方自治体により建設された知的障害者の大規模施設「コロニー」は,老朽化し,開設当時の基準のままの貧しい環境で,利用者の高齢化・重度化もすすむ中,改革が求められる.ほとんどは社会福祉事業団による運営である.金剛コロニーは,重度障害者を受け入れ,「二分化・小舎制」による処遇,地域に開かれた施設づくりに取り組んできた.脱施設化の名の下に事業団により示された改革の内容は,大阪府の責任を問わない全面的な民営化と人事考課による新給与制度・正規職員削減による人件費の削減であった.これは行政の社会福祉にかかわるコスト削減が目的である.金剛コロニー職員の労働組合では,学識経験者や障害者団体からの代表も交えた検討会を重ね,利用者・家族の実態調査を行い,これに対するカウンタープランを提示した.圧倒的に不足している社会資源を整備し,利用者負担の軽減や指定基準の見直しを公的な責任で行うよう,社会保障を充実させなければならない.
 キーワード:知的障害者入所施設,コロニー,社会福祉事業団,指定管理者制度,民営化,利用者・家族実態調査,カウンタープラン

発達保障をめざす施設設計の試み
  松村正希(莫設計同人代表取締役)
 要旨:人が生きるうえで尊重されるべきは,@命の重み,A人権,B死を迎えるまで発達し自立しようとする存在であること,Cここで暮らしている安心感,である.それが実現できる施設はユニットケア(小規模,人間中心,個性重視,個別介護)によるグループホームである.生活障害者が「当たり前の暮らし」ができる普通の「家」,家庭的な環境の中で暮らす「家」であるグループホームのキーワードは「自立支援」である.そこで暮らす人たちが発達できる環境,安心感,自立した生活を送るためのケアでは,とりわけ生きる上で絶対に切り離すことのできない「食」およびその行為との関わりが重要である.食にまつわるさまざまな行為は五感をフルに使い,一人ひとりがもつ機能を常に刺激している.また,食卓を囲むことで,社会を経験する.このように「食」の環境は物理的な面だけでなく,精神的・社会的な面をも満足させられる,最も重要な環境である.障害者にとって「食べる意欲」は「生きる意欲」である.
キーワード:ユニットケア,家,普通の暮らし,食,食の環境,生きる力

精神障害者の社会的入院解消のための課題
  池末 亨(東日本国際大学福祉環境学部)
 要旨:日本の精神病院は諸外国に比べ病床数が多く,入院期間が長い.その中には地域に受け皿があれば退院可能な社会的入院といわれている患者が多数存在する.なぜそうなっているのか.社会的入院を解消するためには何が必要なのかを検証する.その中でも特に新障害者プランで打ち出された72,000人の退院促進という数値のもつ意義について検討する.
キーワード:精神病院,社会的入院,新障害者プラン,72,000人

報告
重度障害者グループホームかたくりの家の現状と課題
  かたくりの家職員集団

入所施設利用者の地域生活移行支援―コーディネーターの生活支援実践
  林 俊和(生活支援センターぴぽっと)

施設長が語る授産施設の今後 仲間たちのくらしをつくる
  太田 衛(青い鳥福祉会・知的障害者入所授産施設あかつき園施設長)
 要旨:あかつき園は開所以来,仲間たちの願いや要求を大切にした話し合いをもとに施設づくりをすすめてきた.そうした営みの中で主体性もはぐくまれてきたと言える.本人・家族ともに加齢化・高齢化がすすみ,施設のハード面でも,支援費制度に移行した中で経済的な面でも,問題に直面している.生活集団の小規模化,居室の個室化,職住分離など生活環境の整備が人権を保障していくための課題であるが,公的責任が曖昧にされる中で,たしかな展望が見出せない状況にある.地域生活への移行は仲間たちの願いであるが,保護者・家族は大きな不安を抱えている.人に値するくらしの保障が施設にあっても地域にあっても担保されなければならない.
 キーワード:入所授産施設,脱施設化,共同ホーム,生活環境の整備,仲間の願い,公的責任

資料 アメリカ合衆国におけるスペシャルエデュケーション関連サービスの展開
    ―音声・言語パソロジストの取り組みを中心に
  間野幸代(兵庫教育大学大学院)
 要旨:本稿ではアメリカ合衆国のスペシャルエデュケーションと関連サービスのサービスデリバリーを音声・言語パソロジスト(speech-language pathologist:SLP)の取り組みから検討した.SLPのサービスデリバリーは,音声や言語に障害のある生徒に抽出サービスを提供することが伝統的な手法であるといわれていたが,生徒への直接治療だけではなく教師に対してもサービスを提供している.さらに,通常教育の教室から隔離した個別の教室のみの使用から,通常教育の教室の中で治療や指導を行うといったSLPの活動範囲にも変化がみられた.これはコラボレーションやコンサルテーションとしてサービスデリバリーが試みられていたもので,これらの取り組みは,学校で働くSLPが教師側に働きかけたという経過も見られた.その結果,カリキュラムを重視したサービスデリバリーも行われるようになっていた.このような新たなサービスデリバリーの展開は1990年前後から見受けられる.したがって音声や言語に障害のある生徒は,教師とSLPのコラボレーションにより,多様な関連サービスを学校で受け取るようになっていることが明らかとなった.
 キーワード:音声・言語パソロジスト(SLP),抽出,コラボレーション,コンサルテーション,サービスデリバリー


連載 発達保障論をめぐる理論的問題(1)
ヴィゴツキーの発達理論をめぐって
  神谷栄司(佛教大学社会福祉学部)
 要旨:ヴィゴツキー理論は1927年「心理学の危機の歴史的意味」,30年代の「情動にかんする学説」を契機に発展をとげ,その全体像としては,@心理的道具による媒介理論,A児童学的研究,B心身一元論にもとづく「人間の心理学」を相互に関連づけながら捉えなければならない.その見地から,27年以前の著作はまだジェームズ理論を克服しきれていないこと,またヴィゴツキー理論から見たとき,「階層−段階」理論の発達論は「可逆操作」の発達を指標に段階区分をしていることから人格全体の危機的変革の時期の位置づけが弱いことを論じている.
 キーワード:ヴィゴツキー,発達論,発達の最近接領域,「階層−段階」理論,弁証法

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