障害者問題研究 第37巻第2号 (通巻138号) |
2009年8月25日発行 ISBN978−4−88134−784−3 C3036 絶版 |
特集 知的障害と発達研究 特集にあたって/黒田吉孝(滋賀大学) 知的障害はいかに理解され概念化されてきたか −AAMR/AAIDDでの議論を踏まえて/清水貞夫(尚絅学院大学) 要旨:アメリカ精神遅滞学会(AAMR)による知的障害定義・診断(1961年から2002年まで)を取り上げ,知的障害概念の変遷を考察する.過去41年間,知的障害の概念構成3要件(低知能,低適応行動,発達期での発現)は変化しないものの,適応行動/適応スキル概念の曖昧さとその測定における妥当性,信頼性のなさが指摘され続けた.それが特に問題になったのは,病因の不明な「軽度」者の誤過大鑑別と誤過小鑑別である.これらを避けるために「軽度」者を知的障害カテゴリーから除く提案が今日強く提起されている. キーワード:AAMR,知的障害定義・分類,精神遅滞,適応行動,「軽度」知的障害 知能とアセスメントに関する最近の研究状況と今後の課題 /前川久男(筑波大学人間総合科学研究科) 要旨:知能検査が開発されて以来,約100年以上ビネー式知能検査やウェクスラー式の知能検査がスタンダードとして利用され続けた.しかし,認知心理学や認知神経心理学のこの20年間の発展により,脳の機能と認知に関して多くの知見が示されてきた.この知見に基づく新たな知能観と心理検査が求められてきた.新たに作成され利用されるようになったDN-CASは,そうした検査の一つである.DN-CASの基礎となるLuriaの高次精神機能に関する三つの機能的単位について述べ,さらにLuriaの考えを基礎にしたDasらの知能のPASS理論について述べた.知能のPASS理論に基づくDN-CASのプランニングと注意を評価することが障害をもつ人の認知機能の評価に多くの利点をもたらすことが主張された.さらにプランニングの評価が情動・動機の評価と結びつけられることが,今後の知能評価において重要であることを指摘した. キーワード:知能,Luria,PASS理論,DN-CAS,プランニング,情動・動機 知的障害の理解における「可逆操作の高次化における階層?段階理論」の意義 /白石恵理子(滋賀大学教育学部) 要旨:本稿では,田中昌人の「可逆操作の高次化における階層−段階理論」で知的障害を理解することの意義について検討を行った.その際,@知的障害を障害という面からではなく,発達という面から理解することの意義,A発達を適応の過程ではなく,獲得の過程ととらえることの意義,B「可逆操作」という基本単位に注目して抽出された発達段階から理解することの意義,C量的拡大と質的変化の弁証法的過程ととらえることの意義,D次の階層への移行において原動力となる「新しい発達の力」をとらえる意義,という5点に着目した.「可逆操作の高次化における階層−段階理論」で理解することは,教育・福祉等さまざまな分野で,障害種別で分けて考える傾向や,障害特性でのみ理解する傾向の強まりという現代の「類型論」に対する批判としても,今日的意義をもつと考える. キーワード:「可逆操作の高次化における階層−段階理論」,知的障害,類型論,発達段階,発達の原動力 ダウン症候群の知的機能の生涯発達的変化 /菅野 敦(東京学芸大学) 要旨:本稿では,ダウン症候群を対象に,彼らの知的機能の特性に関して生涯発達の視点から,@加齢に伴う変化及び,Aその特性を明らかにすることを目的にした.その結果,ダウン症候群は他の原因による知的障害や自閉症と比較して精神年齢(MA)の分散が小さいこと,また,30歳台をピークにして変化が生じ,40歳台後半には有意に低くなることを明らかにした.あわせて,通過容易項目と通過困難項目の分析から,MA4歳台を変換点として,知的機能の特性に質的な違いのあることが推測された.知的クラスターによる分析から,「知覚−運動」は最も早く加齢の影響を受け10歳台後半から20歳台に著しく低下する能力であった.「物の名称の理解と表出」,「比較判断」,「数概念」は比較的高齢まで保つ能力で30歳台を過ぎて低下が示された.一方,先行研究からもダウン症候群においては困難であると報告されている「短期記憶」と高度の言語操作を要する「物の概念的理解と表現」,「文章の理解と類推」は加齢に伴い著しい低下が示される能力であった.最後に,知的障害の生涯発達研究の課題を整理した. キーワード:生涯発達, ダウン症候群, 知的機能と構造,加齢 青年期知的障害者における「退行」等の臨床問題へのライフコース的視点からのアプローチ −青年期ダウン症の「急激退行」の検討を通して /小崎大陽(ステップ広場ガル)・坂本 彩(ケア処ガル)・黒田吉孝(滋賀大学教育学部)・白石恵理子(滋賀大学教育学部)・久保容子(滋賀大学教育学部附属特別支援学校)・栗本葉子(社会就労センターこだま) 要旨:知的障害の青年期に特徴的な臨床的問題に注目し,その問題をライフコース的な視点から理解し,支援のあり方を検討した.この場合,近年注目されている青年期ダウン症の「急激退行」を取り上げ,ダウン症,あるいは,知的障害の青年期理解を深めようとした.対象者は中度ならびに重度の知的障害者8名,現在の年齢は20歳台から40歳台であった.「急激退行」の性格の新たな理解とライフコース的視点からの研究の意義を述べた. キーワード:青年期知的障害,ダウン症,急激退行,ライフコース,発達的視点 【研究展望】 ヴィゴツキーと知的障害研究/国分 充(東京学芸大学) 要旨:本稿は,ヴィゴツキーの『知能遅滞の問題』(1933)と,『知的障害児の発達と補償の問題』(1931)の二つの論文を取り上げ,それらが知的障害論,特に実験的研究へ貢献した点や,今注目される意義等を提起するとともに,それらと関係するヴィゴツキー論上の課題を指摘した.前者の論文については,言語の行動調整機能という考え方を生んだ点で実験的研究に貢献し,それは,現代の心理学概念であるアフォーダンスや実行機能と繋がる広がりをもつものであることを指摘した.後者の論文については,補償過程を含む知的障害の人の統合された人格研究の必要性をいうものとして現代的意義を有していることを指摘し,「障害」像を補償・適応像と見るLatashの見解を紹介した.ヴィゴツキー論における課題としては,ヴィゴツキーの欠陥学の変遷を明らかにするという問題があることを指摘し,それは,彼の思想史が解明される中で、ヴィゴツキーの生きたソビエトの政治・社会状況等と関連づけながら明らかにされる必要があることを述べた. キーワード:ヴィゴツキー,知的障害,言語の行動調整機能,補償,Latash,ソビエト 子どもの発達をめぐる最近の研究動向 −認知発達研究に潜む問題点と教育実践/木下孝司(神戸大学大学院人間発達環境学研究科) 要旨:本稿では,子どもの認知発達にかんする研究の動向を歴史的に概観し,その理論的問題点について検討した.1970年代以降,発達心理学では発達の領域固有性と乳幼児の有能性が強調された.そうした研究動向と進化心理学的観点が結びついて,近年,生得的モジュール説が唱えられるようになってきている.この説は障害特性の理解やそれに基づいた教育実践に大きな影響を与えているが,次の3点で問題をもつことを指摘した.?発達を連続的なプロセスとみなすメタ理論を基盤にしている,?高次の心理機能も生得的に規定されているとする最終状態生得論に依拠している,?機能連関や発達連関という視点が欠落している.以上の議論をふまえて,連関性をおさえた発達研究が必要であり,そうした研究を進めるための課題を提起した. キーワード:領域固有性,生得的モジュール,発達連関,機能連関 【報 告】 知的障害青年・成人が医療機関とつながる際の困難点/武内 一(耳原鳳子ども診療所小児科) 【資 料】 知的障害者施設職員の職業意識に関する検証 −アンケート調査を通して/三原博光(県立広島大学)・松本耕二(広島経済大学) 要旨:本研究の目的は,アンケート調査を通して,知的障害者施設職員の職業意識を検証することであった.調査は,181名の職員から回答を得た.6割が20歳台?30歳台と若く,6割が「ヘルパー」「社会福祉士」などの福祉専門職の資格を持っていた.6割は仕事に満足し,理由として「利用者と触れ合い」をあげていた.しかし,3割の職員は仕事に不満足であり,理由として「地位(給与)の不安定さ」「休みが取れない」など職場の待遇をあげていた.特に給与問題では,回答者全体の7割が不満足であり,8割が他の職業従事者に比べて安いと回答していたが,大部分は現在の仕事を継続したいと考えていた.また,3割は,やりがいのある素晴らしい仕事であると回答していた.福祉行政は,施設職員の仕事を従来のように慈善的なものとして捉えるのではなく,専門職としての給与や休暇などの地位の保障を行うことが必要であると思われる. キーワード:知的障害者施設,職員,職業意識,給与,満足度 【情勢報告】 新保育制度案の検討/杉山隆一(大阪保育研究所) ■障害者問題研究 バックナンバーへ |
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