障害者問題研究  第40巻第2号 (通巻150号)
2012年8月25日発行 ISBN978-4-88134-075-2 C3037  定価 本体2,500円+税
特集 在宅医療システムと病弱児・重症児の教育

特集にあたって いのちを守り育てるたしかな実践と協働を 猪狩恵美子(福岡教育大学

論文
在宅医療システムと病弱児・重症児教育/前田浩利(子ども在宅クリニックあおぞら診療所墨田) 
要旨:我が国では,医療の進歩により多くの子どもたちの命が助かるようになり,新生児の救命率は世界一と言われている.しかし,それは一方で人工呼吸器や経管栄養などの医療機器が日常的に必要になる子どもたちの急激な増加という問題を引き起こした.これによって,病弱児・重症児の日常生活を支えるためには,従来の福祉のみでなく,医療と福祉の協働が必要になるというパラダイムの転換が起こることになった.必然的に,障がい児教育のあり方も変化し,医療機器が必要な病弱児や重度の障がい児を教育するためには,その障がいを医療的にも理解し,教育の中で医療的ケアを行うというパラダイムの転換が起こらざるを得ないことになる.現在は,その過渡期であり,それゆえに現場では,様々な問題と混乱が起こっている.それらの問題に対応するには,何より,現在,病弱児・重症児の地域支援がどうなっているのかということと,過渡期にあるということを理解する必要がある.

「社会保障・税一体改革」に翻弄されない――障害児をとりまく医療・福祉支援の現状と課題の把握
 /杉本健郎(日本小児神経学会社会活動委員会委員長,NPO法人医療的ケアネット理事長,すぎもとボーン・クリニーク所長) 
要旨:「社会保障と税の一体改革」の政府主導の討論のなかで,高齢者から障害者,小児まで社会的弱者が市場原理のもと,追い詰められている.今回は障害児をとりまく政策と今後の医療と福祉のすきまのない連携ができるようにキーワードの整理を行った.さらに同じ重症者としての小児脳死,そして脳死からの臓器移植について子どもの権利擁護の立場で述べた.以下の3項目に分けて記載した.@「社会保障・税一体改革」との関連性,A障害児をとりまくいくつかの課題について,B臓器移植法と小児.


重症児や病気の子どもと訪問教育――在宅医療の展開のなかで/猪狩恵美子(福岡教育大学・全国訪問教育研究会)
要旨:本稿では,医療との連携のもとで展開されている重症児と病気の子どもを支える訪問教育の今日的役割について述べた.訪問教育は,1979年以降,養護学校教育の一形態として今日に至っているが,訪問学級在籍者数・割合とも減少傾向が続いている.とくに,養護学校における医療的ケア実施体制整備と,複数障害に対応する特別支援学校増加のなかで減少が進み,重症児教育としての色彩を一層強めながら実践が蓄積されている.病気の子どもの入院・在宅医療を支える教育は医療のめまぐるしい変化に対応しきれていない状況にあるが,入退院を伴う闘病生活にきめ細かに応える訪問教育形態の整備は今後,さらに求められていくだろう.いずれの教育も,ターミナルケアを含めて,医療と連携したトータルケアのなかで子どものいのちと希望を輝かせる教育であり,訪問担当教員研修の一層の充実が不可欠だといえる.


病弱教育の現状と今日的役割/武田鉄郎(和歌山大学教育学部) 
要旨:近年,病弱教育の対象疾患は多様化しており,主な疾患として喘息や腎臓疾患などの慢性疾患や,白血病などの小児がん,不登校を伴い医療を必要とする心身症や不安障害等の情緒及び行動の障害などがあげられる.このような現状において,病弱教育の2つの大きな今日的課題が存在する.1つ目は,不登校や発達障害で特別支援学校(病弱)に在籍する者が多く,自治体によっては,「本来の病弱教育ではない」として病弱特別支援学校が統廃合されている現状にある.2つ目は,学籍移動の問題である.医療の進歩により多くの慢性疾患児において,治癒,あるいは長期生存が望めるようになり,現代では患児の身体面のみならず,心理社会的な支援,とりわけ学齢児にとっては教育支援の在り方が問われている.しかし,入院期間が短い場合,または入退院を頻繁に繰り返す場合などで病院内にある教育機関を利用できない現状がある.その理由として学籍を移動しなくてはならないことが挙げられる.病院内に教育機関がありながら教育を受けることができない現状をいかに打開し,教育を保障していくかという課題である.これら2つの課題を整理・検討し,病弱教育の今日的課題について考察した.

学校教育における医療的ケアの到達点と課題/下川和洋(NPO法人地域ケアさぽーと研究所・理事) 
要旨:1988年に医療的ケアを必要とする児童生徒の教育課題が顕在化した.2004年に厚生労働省設置の研究会報告書は,「医療資格の無い教師が医療的ケアを行うことは医師法第17条違反ではないか」という疑義に対して,一定の結論を出した.一方,新生児分野では,NICU(新生児集中治療管理室)の不足など救急・周産期医療の問題が顕在化した.高齢者分野では,老人保健施設等における胃瘻の対応が課題になっていた.厚生労働省は2010年に「介護職員等によるたんの吸引等の実施のための制度の在り方に関する検討会」を設け,2012年から介護職等(教員等も含む)による医療的ケアの実施が法制化された.本稿は,医療的ケアを必要とする児童生徒に対する特別支援学校および通常学校における支援の状況を概観した.いまだに保護者付き添いを原則としている地域も見られた.こうした対応は,義務教育無償の原則を踏まえると大きな問題であり,教育条件の改善・充実が望まれる.

東日本大震災と障害児医療――最も頼れる防災は地域ネットワークである/田中総一郎(宮城県拓桃医療療育センター 地域・家族支援部 小児科) 
要旨:震災での犠牲者の割合は障害のある方は一般の2倍にのぼった.災害時に障害児者をどのように避難させるか,地域や行政で取り決める必要がある.被災地では,障害児用の大きさのおむつなどが不足していた.災害弱者である障害児のニーズは優先されることはなく,これらを拾い集めてきめ細かく支援する必要があった.また,誰がどこで何を必要としているか,そのニーズを発信し支援と結び付けるコーディネーターの役割が重要であった.今回の大震災で私たちが痛感したのは,災害時の備えやマニュアルを福祉目線で見直さなければならないこと,そして,一番頼りになったのは支援する側もされる側も普段からつながっている人たちであったことだ.障害児者が身近な存在として社会にあること,子どもたちを中心にして私たち支援者が普段からつながっていることが,大きな力を発揮する.障害のある子どもが地域で育つこと,これが最大の防災である.


実践報告

重症児が地域で暮らし学ぶ――在宅生活の超重症児6年間の訪問教育/長島康代(京都府立向日が丘支援学校)

小児がん治療の進歩と病院内教育の新たな展開――国立がん研究センターいるか分教室における教育実践と課題/斉藤淑子(東京都立墨東特別支援学校いるか分教室教諭)、佐藤比呂二(東京都立墨東特別支援学校いるか分教室教諭)、細野亜古(国立がん研究センター中央病院・東病院医師)

障害児の健康保障と養護教諭の視点――特別支援学校における子どもの健康と学校保健/田中紀子(全日本教職員組合養護教員部・特別支援学校養護教諭) 

重症児者の地域生活を支える/田村和宏(滋賀県・びわこ学園障害者支援センター) 

資料
インフォームド・コンセントの対象とされない子どもと医療への参加の権利――国連子どもの権利委員会「子どもの聴かれる権利」との関係を基に/山本智子(早稲田大学大学院文学研究科博士課程,立教女学院短期大学専攻科幼児教育専攻非常勤講師)


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