2002年1月号 FILE.10 ハンディがあっても生きる希望がある ーデンマークのIT活用事情ー |
パソコンを巧みに操る 車いすのジョイスティクに埋め込まれたセンサーが机下のセンサーと交信して、ジョイスティックひとつでパソコンを操作する。 |
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アンデルセンの生まれた島の端にあるミゼルファート市は、人口2万の静かな港町です。補助器具倉庫(センター)を訪ねました。 職員はPT(理学療法士)が一人、OT(作業療法士)が4人(一人はリーダーで子どもを担当、残りは3地区に分けて担当)、さらに修理技術者が一人います。痴呆性老人のために新築されたグループホームの地下にあります。杖や車いす、ベッド用品などが豊富です。 ところが、IT関連の機器は見あたりません。質問すると、「視聴覚関連のものは県のセンターが対応し、ITは、国のいくつかのセンターで対応している」 とのことでした。 * 町の中心地に近いアパートに住むミケルセンさんを訪ねました。アパートの入口には真っ赤な彼のワゴン車が駐車してあります。 ミケルセンは筋ジストロフィー症の患者です。気管切開して、人口呼吸器を常時つけています。わずかに動かせる指一つで、コントローラーを巧みに操り、巨大な車いすで移動したり、様々な機器のスイッチを操作し、パソコンも使っていました。 この電動車いすを作ったときは、地域の補助器具センターと会社と県のセンターからも職員がやってきて、彼用の特製のものをつくったそうです。財源含め公的責任が明確で、民間の機器会社も数多く、仕事の質も高いそうです。 かたわらに控える青年は、ヘルパーでした。ヘルパーは、24時間体制でミケルセンさんを支援します。この青年ヘルパーの場合は週に5日間勤務で、給料は市が青年に支払っています。大学で6年、福祉以外を学んでいたが、弟がミケルセンさんの世話をしたことがあるとそうで、それがきっかけで現在彼のヘルパーをしているとのことでした。 「ITには詳しいの?」とヘルパーに聞くと、横からミケルセンさんが、笑いながら「そのことは採用の条件ではないよ」と言ってきました。 「じゃあ、ITで困ったときにはだれに相談するの?」とミケルセンさんに聞くと、「まずは、市の補助器具センターさ」と言われました。 居間から隣の部屋に移動すると、机の上には日本のメーカーのパソコンがあり、車いすのジョイスティクに埋め込まれたセンサーが机下のセンサーと交信して、ミケルセンさんが操るジョイスティック一つでパソコンの操作ができます。しかし、細かな操作など、なかなかたいへんなところは、ヘルパーを使って操作します。ミケルセンさんの使うジョイスティックと同様の機能のあるコントローラーが車いすの後ろにもあり、ヘルパーがすぐに使えるようになっていました。 * ミケルセンさんは、18歳まで両親と住み、19歳で一人暮らしをはじめようとアパートに越したそうです。一人暮らしへの支援は、施設入所より3,4倍の高いコストがかかるそうです。しかし、市の福祉関係者は「ミケルセンさんは、ハンディはあるが生きることの希望がある。障害のために、一生苦しめられて生きることはない。その障害を補うために、自治体は支援する」と言います。そして、「できるだけ障害のために苦しまないように、ささえる。その逆であってはならない」。 みんなは一人のために。一人はみんなのために。そんな支え合いの思想と実践がデンマークの小さな町でもとりくまれていました。 (文・写真/薗部英夫・全障研事務局長) |
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ミケルセンさん 15歳の時には、「18歳までは生きられない」と医者に言われた。18歳になると「25歳までは生きられない」と言われたそうだ。最近は「何歳までは生きられない」などとは言われないと笑う。 |