94/06/27 09:53:46 NGI00001 沖縄・南部戦跡雑感
沖縄での「みんなのねがい」講演会の翌日、
砂川沖縄支部長のことばにあまえて、
茂木委員長と南部戦跡を案内してもらう。
いうまでもなく、沖縄は戦場の島だった。
民間人約12万人が殺された。沖縄の4人に一人は殺されたという。
県立の資料館では沖縄戦の概要をあららめて知る。
南部を攻めようとしてたアメリカ軍は、
その断崖絶壁の地形から中部に上陸先を変更。
中部方面から(そのためいまも嘉手納基地など米軍基地は中部にとても多い)上陸し、
那覇市と浦添市の中間にあった日本軍司令部を攻める。
日本軍は民間人にも降伏を許さず
(「降伏」を許さないことをことをふくめ、
天皇の赤子として死ぬことを美学とした日本の戦前の教育は
じつにいいようもない犯罪だったとおもう)
地上戦だけでなく、空から海からの砲弾、銃弾の雨にさらされた。
その数は、じつに、一人当たり毎日200発以上、、、、
米軍の写真資料によっても沖縄はズタズタだった。
そして追いつめられたのが南部、後は断崖絶壁の海。
逃げ込めるのは、石灰岩質の洞穴などなど、、
湿度は多く、水はない。
最高司令官は、民間人のことなどおかまいなしに、
投降をゆるさず、最後まで戦えといいのこし、かってに自害。
沖縄での民間人の死は、まさに天皇の軍隊によるものだったのだ。
風がある。
梅雨明けの、白い日差しが肌にしみる。
海はかぎりなく蒼く、緑や色あざやかな花々は美しい。
瑠璃色の牒が舞っている。
南部戦跡の展望台に立つと、
その自然の美しさと、とりかえせない歴史が交錯した。
南部戦跡から