総合リハビリテーション

第24卷第1号 医学書院 1996年1月10日


障害者と情報通信ネットワークの可能性と課題

薗部英夫

Key Words:障害者、情報通信、ネットワーク

Potential and Assignment of Telecommunication Network for Persons with Disabilities
全国障害者問題研究会:〒169 東京都新宿区西早稲田2-15-10 西早稲田関口ビル4F
Hideo Sonobe,Secretry General:The Japanese Association on Disability and Handicap


1)阪神大震災と情報のネットワーク

 「ワゴン車4台で紙オムツの入った段ボール50箱を貰い、夜8時、学校の玄関前でワゴン車1台分の10数箱を垂水養護学校の先生に渡しました。本当は直接届けたいのですが、交通規制で許可車以外神戸市内に入れないのです」

 いなみ野養護学校(兵庫県加古郡)に勤務する市位辰三さん(38歳)は、1995年1月17日の地震発生の翌日から<みんなのねがいネット> 1)に救済活動の様子を発信している。23日19時、「肢体不自由養護学校で紙オムツがたりない」との大手パソコン通信に発信されたSOSは、その夜のうちに各地の小さなパソコン通信にも転送され、翌日には、全国8か所から、じつに1000枚を越える紙オムツが神戸に送られた。先のメッセージはその一人の市位さんたちの活動の一コマだ。

 パソコン通信など情報通信ネットワークは「双方向」で、「個人レベルで情報発信」が簡単にできる。しかも電子データは「検索」と「コピー」が可能である。そのため災害時の安否確認や物や人の不足や流通などの情報交換に抜群の力を発揮した。

 世界中のコンピュータとネットワークしているインターネットでも、被災状況は世界にむけて発信された。ボランティア活動の情報共有のためにインターネットを中核にした情報の「窓」として<インターVネット> 2)も生まれた。まさにそこを駆けたのは「電子」ではなく、熱いハートを持った一人一人のおもいであり、ドラマであった。

 ところで、阪神・淡路大震災障害者実態調査委員会の中間報告 3)によれば、流動的な情報や臨時的になされる事項に関する情報は、口コミや掲示、チラシが有力な手段で、復旧見通しなどの情報は新聞、ラジオ、テレビなどのマスメディアであった。また、被災後1週間の情報は70%の人が新聞をあげ、「特に信頼できるメディア」も新聞が85%で群を抜いたという。

 地震から5日目の21日、被災障害者の様子が朝日新聞夕刊ではじめて報道された。「体で覚えた街壊滅 避難所へも行けず」「視覚障害者 水や食料配布の情報も得られず」の見出しにつづき、「目の不自由な亀山英昭さん(29歳)は、地震で白いつえと義眼をなくした」とはじまる記事は、音声合成装置付きパソコンを使って新聞もパソコンで「聞いて」いたが停電で使えなくなったこと、SOSを伝えられないうえ、給水や食料配布の情報からも取り残されている、と述べる。電気もない。電話は通じない。とすれば、パソコンはただの箱である。これもまた事実なのだ。

 すなわち、生命に直結する緊急連絡のネットワークは、かならずしもハイテク志向ではなく(消防署に緊急連絡が入っても対応できる状況にはなかった)、地域密着型の公務労働者といえる教員や施設職員、保健婦などのマンパワーの充実が基本であろう。そして、情報と情報をつなぎ、人と人とをつなぐ情報通信ネットワークは、そこを基盤にしてこそ価値あるものとなっていくのである。

2)自立と社会参加への大きな希望

 林英幸さん(24歳)は小さい頃に視力を失っている。ディスプレイ(画面)に映る文字を音声合成装置で「音読」させて、パソコンを活用する。「最大の魅力は、新聞をはじめとする様々な電子情報を手に入れることができることです」。スキャナーを使えば英文であればほぼ100%電子化された文字として記録できる。だれかに読んでもらうか、点字をつくってもらうしかなかったあらゆる印刷物が、瞬時のうちにパソコンで「音読」できる。点字ディスプレイで「点字」として読める。音読されたテープとは違い、電子文字は「検索」と「コピー」機能が抜群だ。彼は、大学を卒業してから外資系のコンピュータソフト企業で、まさに「戦力」として社内のネットワーク環境の整備を担当している。彼への連絡はインターネット経由の電子メールが確実で一番速い。

 横須賀市の前田豊さん(48歳)は脳性マヒのため言語障害があり、電話でのやりとりにはかなりの困難がある。なんど聞きなおしてもわからないと、お互いが申し訳ないような気分にもなってくる。その彼が、日常生活用具のワープロ給付制度を活用して、ワープロ通信をはじめた。詩や歌も作曲する彼にとって、いままでの活動エリアをこえ、自己表現のステージが全国に拡がった。「今、通信に夢中で、素敵な恋人が僕の前に現われたようです」はある朝、彼から届いた電子メールだ。

 車いすで生活している古河辰彦さん(56歳)は、千葉の肢体障害者団体の会長である。会の事務所は千葉市にあるが、住んでいるのは松戸市。その間の公共交通の便はじつによくない。そのため機関紙作成には事務所との連絡に電子メールを利用し移動の不便さを補っている。また、長い重要な文書を会報に掲載する際には、何人かで入力作業を分担し、電子メールを交換すれば、離れていても共同作業ができる。それは画期的なことだ。

 「両耳全聾 聴力損失 130dB以上」と障害者手帳に書かれているという石山健三さん(49歳)はろう学校の教員だ。長年、高等部の授業でパソコンを教えている。パソコン通信はまだまだ未熟なメディアで、現状では「書き言葉」の世界だ。「書く」ことは、聴覚障害者にとってはなかなかハンディも多い。ファックスは聞こえる人にとっての電話と同じような必需品だ。マルチメディアが発展すれば、テレビ電話のようにお互いが手話でも話せるし、それが書き文字ともなることも数年で夢ではなくなりそうだ。

 郵政省が、自宅にいながらパソコン通信を使い、全国どこへでも封書を出せる「パソコン郵便」のサービスをスタートさせる。だれにでも、他人に見られたくない手紙はある。それが肉親でも同様だ。しかし、パソコンで手紙は書けても、身体が不自由であるために、一人でそれを封書に入れられない。その無念さ。そうした痛みがやわらぐようなノーマライゼーションの一つの具現化の動きである。

 障害者権利宣言(1975年)が「障害者は同年齢の市民と同等の基本的権利を有する」とうたい、1993年の「障害を持つ人たちの機会均等に関する基準規則」によって、「どのような障害を持つ人に対しても、政府は、情報とコミュニケーションを提供するための方策を開始すべきである」とされた。障害者の生活の質の向上とかかわって、その権利は知的な障害を持つ人たちにとっても保障されなければならない。

3)小さいことはちょっと素敵だ! 草の根BBSの特徴的な動き

 「大きいことはいいことだ」が、「小さいことはちょっと素敵」だ。前者は400万人近いといわれる大手パソコン通信や世界中で数千万人が利用しているインターネットのことだ。ネットワークは大きくかつリンクされれば情報も飛躍的に増大する。後者は会員数が数名から大きくても数千名の「草の根BBS(Bulletin Board System)」といわれる小さなネットワークのことである。障害者関係では全国に30近いBBSがあるようだ。小さいことで人と人が身近に感じられる。オフ会とよぶミーティングも地域に密着し、必要ならばメンバー同士で訪問してパソコン指南もできる。なかば閉じられた見知った関係のオンライン故に、はじめて書けるという話もある。コミュニケーションにとっての価値は、広がりよりも密度であるともいえる。

 最近の特徴的な動きでは、「講習、学習の機会を」の声が障害者のパソコン通信利用者の増加とともに増えて、講習会活動にとりくむところが多くなってる。<ネットワーク杉並ここと>は杉並区にこだわりながら活動を続けている100名ほどのBBSだ。企業の協力も得、ベテラン講師を手話通訳付で配置し、希望者は区内のリフト付きバスも利用できる。施設や病院などにいる障害者にも可能なところで「出前講習」にとりくむ。

 「在宅就労」も大きなテーマだ。1986年開設で草分け的存在の<トーコロBBS>は、東京都の助成を受け、重度障害者の在宅でのプログラム学習の支援を行なっている。その修了生たちがつくる「ONE STEP企画」は、技術や知識をいかした地域活動や社会貢献、効率的な仕事の受注、メンバー間の情報交換を目的に活動している。

 大阪に根づくプロップステーションは、<プロップネット>の運営とともに機関誌「フランカー」を発行。講習会を積み重ね、関係機関や企業などの協力も得ながら、いち早くインターネット接続を実現し、在宅勤務のバックアップをめざしてエネルギッシュだ。

 一方、障害者団体も意欲的である。<埼玉ふれあいネット>は、東京電機大学のBBSと協力して「パソコンリサイクル」をよびかけ、施設などにリサイクルパソコンを「出前」している。日本筋ジストロフィー協会の<夢の扉>は、各地のポイントにパソコンと通信セットを置き、94年の世界連合日本大会の際にも、日・英語で国際的に報告するなど積極的な役割をはたした。東京都聴覚障害者連盟が運営している<トレンネット>も他のネットへの羽ばたき台と位置づけて活発だ。さらに、地域での情報交流と相互理解をテーマとした、品川区<しなやかネット>、稲城市<いなぎハートフルネット>なども魅力的だ。

 「主なBBS一覧」にもあるように、草の根BBSは個性的で価値ある情報とコミュニケーションの宝庫である。


4)ネットワークのネットワーク化のこころみ

 こうした草の根BBSを大切にし、その結びつきを強めながら必要な情報を交流しあえるネットワークをつくろうというとりくみが、日本障害者協議会 4)の<ネットBBS>だ。

 仕組みは簡単、いたってシンプルで、インターネットのメーリングリストを利用している。交流したい情報を電子メールで指定のアドレスに送ると、登録者全員に電子メールが配信される。それを各BBSで掲示板に掲載する。94年秋にはじまったが、現在約15のBBSが協力しあい、1万名程度が共有の情報に接している。提供された情報は、法規や決議文、雑誌論文、イベント情報などさまざまで400件を越える。

 「ぱそボラ」は、大手ネットのPeople<福祉工作クラブ>を情報交換の主な舞台として、パソコンで困っている障害者を、エンジニアなどのボランティアが訪問してサポートしようとするこころみである。もちろん通信においては「先輩」の障害者はボランティアの主体であり、SOSを発信した障害者自身は技術を発展させるための共同研究者である。こうしたとりくみは、神奈川のBBS<ピアネット>などでも「サポート隊」と名付けて模索されている。

 日本アイ・ビー・エムやアップルなど各メーカーの熱心な障害者サポートもはじまっているが、誰かがそばで直接教えてくれることはとても合理的で大事なことだ。また、障害者とエンジニアとの新しい出会いとつながりの場としても発展していってほしい。

5)障害者の情報通信ネットワークの必要条件

 こうした現状のなかで障害者のネットワークの必要条件について考えることを述べる。

1)日常生活用具にコミュニケーション福祉機器を
障害者の日常生活用具に、「文字を書くのが困難」という理由にもとづくワープロ給付だではなく、自立と社会参加のためのコミュニケーション福祉機器としての概念に裏付けられた、パソコンやソフト、通信モデムなどの個人へのレンタルや購入助成枠の拡大、さらには視覚障害者などを含めた対象の拡大が必要である。

2)マンパワーの育成と総合支援システムの確立
 日常生活用具の窓口は福祉事務所であるが、福祉現場の人員削減による多忙化や機器の情報不足によって、給付事務さえ滞りがちな実態だ。障害者のニーズはすでに「給付」レベルをこえて、具体的な操作の相談、それを活かして仕事につなげたいというレベルにある。担当者の研修をきちんと位置づけ、そうした相談に応えられる体制強化が求められる。
 さらに、北欧の補助器具センターのように、コミュニケーション福祉機器などに関する地域単位の総合的な支援システムが切望される。

3)サポート活動への支援
 地域を視野にすえれば、コンピュータを扱う人はエンジニアだけでなく学生や会社員、子育てに余裕のできた家庭の主婦や高齢者など少なくない。障害者へのサポートは、こうした地域のマンパワーをネットワーク化しながら、具体的な在宅の障害者のニーズに応えることだ。そうしたとりくみに対して行政サイドからの支援が必要だ。

4)社会資源の徹底活用
 郵政省の外郭団体の「通信・放送機構」の<TAO NET>は関連法規などのデータベースがきちっと整理されている。厚生省関連のテクノエイド協会の福祉用具データベース(TAIS)には数千件の膨大なデータが蓄積されている。こうした大きなデータベースだけでなく、自治体や関係団体などの作成している電子データは膨大なものがある。そうした電子データをネットワークすることで、普通の障害者が個人で家庭で利用できるようにしなければならない。

5)社会的情報と著作権の問題
 著作権の尊重は学校教育やさまざまな機会に強調される必要があろう。新聞もわが国では著作権が主張される。<みんなのねがいネット>では、いくつかの新聞社と交渉し、「転載記事に対する障害者の意見をフィードバックすること」などの条件でネットに転載している。希望する視覚障害者に新聞データを届けるスウェーデンの「デジタル新聞」は、地方新聞の購読料と同額で「購読」できる。

 新聞だけでなく社会的、公共的といえる電子情報の著作権と流通については「同年齢の市民と等しく情報を受けられる」視点から充分検討されなければならない。

6)インターネットの活用
 地球規模での情報交流が可能となったインターネットへの期待は大きい。福祉機器データ情報を掲載した日本アイ・ビー・エムの「こころWeb」は画期的なものである。日本障害者協議会もホームページを慶応大学金子研究室との共同研究プロジェクトとして95年秋に開設する。インターネットのメリットは情報のリンクが簡単にできることだ。国境をこえて、価値ある情報はどんどんつながっていく。関根論文でも指摘されているように障害者のアクセシビリティの保障が今後の課題だ。
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 郵政省の電気通信審議会最終答申は、「情報アクセス、情報発信は新たな基本的人権」と明快である。高齢者・障害者の社会参加支援のための情報通信の在り方に関する調査研究会は「バリアフリー部会」を設置し、情報の障壁除去のためになにをなすべきか、行政の役割はなにかを明らかにする。通産省はだれもが機器を使えるためにと「アクセシビリティ指針」を改正し、「福祉用具センター」構想をまとめた。そして、厚生省は、5億円の予算で「障害者情報ネットワーク」を96年春にスタートさせる。

 障害者を含め、だれもが必要な情報にアクセスし、情報を発信できること。それは21世紀の高度情報化社会を目前にした今日、熱いおもいとねがいを持った人と人とをつなぐ情報通信ネットワークによって実現していくであろう。


1)全国障害者問題研究会(委員長・茂木俊彦 会員数5000名)が1990年に設置したパソコン通信。参加者は1000名を越え、研究会や『障害者のパソコン・ワープロ通信入門』(1994年)の出版など意欲的にアクションしている。

2)金子郁容慶応義塾大学教授をコーディネーターに、インターネットを中核として大手商用ネットのNIFTY-serveやPC-VAN、People、いくつかの草の根BBSとボランティア情報の共有を行なった。

3)全国障害者問題研究会兵庫支部他:ガレキの中の障害者 阪神・淡路大震災障害者実態調査報告;1995

4)日本障害者協議会(略称JD 代表・調一興 加盟70団体)はネットワーク通信小委員会(委員長・薗部英夫)を1993年春に設置し、94年4月に「中間まとめ」を発表、アジア太平洋障害者の10年新長期計画」には、「情報アクセスとコミュニケーション」の項をもうけ政府や市町村にアピール。95年秋に「提言95」をまとめる。


主な障害者関係BBS一覧

ネット名称 、アクセス番号、 設置主体
ABC−NET 03-5387-5264 ABC−NET事務局
いなぎハ−トフルネット 0423-79-3201 稲城市社会福祉協議会
KAME−NET 0466-83-3836 神奈川県立第二教育センタ−
埼玉ふれあいネット 048-825-4340 埼玉県障害者協議会
しなやかネット 03-5702-7799 品川区
トーコロBBS 03-3205-9315 東京コロニー
トレンネット 03-3209-9644 東京都聴覚障害者連盟
ネットワ−ク杉並ここと 03-3332-5310 「ネットワ-ク杉並ここと」事務局
HEART LAND 06-704-4432 大阪市職業リハビリテーションセンター
福祉情報ふくおか 092-722-5003 福岡県障害者福祉情報センタ−等
ふくしネットワ−クTOKYO 03-3235-3487 東京都社会福祉総合センタ−
FT−NET 0423-67-2508 東京都立府中養護学校
プロップネット 06-355-2870 プロップステ−ション
みんなのねがいネット 03-5285-2606 全国障害者問題研究会
夢の扉 03-3208-6337 日本筋ジストロフィー協会
ラポ−ルネット 045-475-2065 横浜市リハビリテ−ション事業団


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