本稿は、「みんなのねがい」2003年4月号に掲載された、
東京学芸大学助教授の奥住秀之さんの原稿です。 (「みんなのねがい」編集部)
LD・ADHDの基礎知識
Q1 どうして最近、LDやADHDが注目されるようになったのですか 日本の障害児教育の制度は、障害の「種類」と「程度」で教育の「場」を決めるという特徴をもっています。この制度は、どんなに障害の重い子どもにも学校教育を保障するという点で評価できるものです。 しかし障害児教育の対象ではないのに、通常の学級では生活や学習に困難のある子どもたちが少なからずいることもまた事実でした。こうした子どもの中に、LD・ADHDなどが多く含まれているのです。彼らにも充実した学校教育の保障をという点で、この問題が注目されているのです。 Q2 LDはどんな障害ですか LD(学習障害、Learning Disabilities)は教育上の概念です。文部省(当時)が、1999にLDの定義を発表しました。以下、その全文です。 「学習障害とは、基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を指すものである。学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、環境的な要因が直接の原因となるものではない。」 このように、「中枢神経系の障害を原因とする、学力またはコミュニケーションの困難」の見られる子どもをLDと呼びます。 なお医学的には、アメリカ精神医学会の診断基準DSMーWに「学習障害(Learning Disorders)」、WHO(世界保健機関)の疾病分類ICD−10に「学力(学習能力)の特異的発達障害(Specific Developmental Disorders of Scholastic Skills)」という診断名がありますが、これらはいずれも教育上のLDよりも狭い範囲の困難、つまり学力の困難をさしています。 Q3 ADHDはどんな障害ですか ADHDは医学的な診断用語です。 DSMーWでは注意欠陥/多動性障害(Attention Deficit/Hyperactivity Disorder:ADHD)、ICD−10では多動性障害(Hyperkinetic Disorders)という診断名です。 ADHDは、不注意、多動性、衝動性という三つの行動を特徴とする障害です。 「不注意」とは学業や仕事での注意持続の困難、「多動性」とは離席やしゃべりすぎなどの運動の調整の困難、「衝動性」とは順番を待てないなど行動の抑制の困難です。不注意だけがみられてもADHDと診断されますし(不注意優勢型)、多動性と衝動性だけでもADHDとなります(多動性−衝動性優勢型)。 ADHDは七歳未満に発症します。また学校と家庭など二つ以上の状況で、不注意、多動性、衝動性という、三つの行動の困難が確認されなければなりません。 Q4 LDやADHDの子は、どのくらいいるのですか ADHDについては、これまでいくつかの統計数値が報告されています。一般には学齢期で3〜5%と言われていますが、海外では14〜19%という報告もあります。その数は決して少なくありません。また、男女比で見ると、4対1で男子に多いと言われています。 なお、昨年秋、文部科学省は、小、中学校を対象とした調査から、LD、ADHD、高機能自閉症をあわせて約6%という数を発表しました。この調査は手続きに曖昧な面もあり、これを正しい統計値と見るにはまだ時期尚早ですが、実際、かなりの数のLD児、ADHD児が小、中学校で学んでいて、何らかの学習や生活の困難を抱えていることはたしかなのです。 Q5 LDやADHDの原因を知りたいのですが LDやADHDは、うろうろしたり、人の話を聞いていなかったり、学習に集中できなかったりと、ちょっと見るとしつけなどの親の養育態度に問題があると思われがちですが、その基本的な原因は、中枢神経系、つまり脳の障害です。 ただし、衝動性や学習困難などの一次障害によって、なかま関係の問題などの二次障害を引き起こしてしまう子どもも少なくないことに注意しなくてはなりません。 なお、中枢神経系の障害の細かなメカニズムについてはいまだわからないことが多いのですが、ADHDでは大脳の前方の部分(前頭葉)の障害と、それに関連する実行機能の問題が指摘されています。実行機能とは、注意の統制、行為の持続、適切な計画性などに関連する心理的能力のことをさします。ADHDを、将来の計画の達成のために現在の反応を抑制できない自己のコントロールの障害とみなすのです。 Q6 LDやADHDの子はどこで学んでいるのですか LD児やADHD児は、知的に障害のない範囲にあることがほとんどですので、現在の障害児教育の制度では通常学級で学んでいる子どもが多く見られます。 ただし、その大部分の者が、通常学級での生活や学習に何らかの困難を抱えています。授業中にサポートの教員の援助を受ける、放課後に補習の時間がある、通級による指導などで活動場面が保障されるなど、いくつか取り組みの工夫はありますが、いずれも十分な支援とはいえない状態です。 Q7 LDやADHDと他の発達障害との関係を教えてください 知的障害とLDとの関連について見てみましょう。LDの教育上の定義では「全般的な知的発達に遅れはない」「知的障害が直接的な要因でない」と明記されており、両者はまったく区別される概念です。 ただし現実には、通常学級でLDと判断されている子どもたちの中には、知的障害との区別があいまいな者もいるといわれており、その点では、両者は一定程度重なる障害と見ることもできるでしょう。 次に、自閉症(広汎性発達障害)とADHDとの関係です。自閉症(広汎性発達障害)は、社会的相互交渉の障害、コミュニケーションの障害、想像力の障害を特徴とする「三つ組」障害をもちます。医学診断基準を見ると、自閉症(広汎性発達障害)とADHDでは自閉症の診断を優先させることになっていますので、厳密に診断基準を適用するならば、この二つが同時に存在することはありえません。 しかし「三つ組」障害で説明のつかないADHDの症状をもつ子どももいますし、その場合には両方の診断名を併記すべきだという専門家もいます。実際、高機能自閉症(広汎性発達障害)とADHDの鑑別が困難な子どもは少なからず見られるのです。 Q8 ADHDは薬で治るのですか ADHDの治療に薬が用いられるということをお聞きになったことがある人は多いと思います。確かに、メチルフェニデート(商品名:リタリン)などの中枢刺激剤がよく使われます。しかしこれは、原因療法ではなく、対症療法であることに注意する必要があります。 つまり、薬を飲むことでADHDが「治る」のではなく、薬が効果を発揮している時間、子どもはおちついて行動をとれるようになるということです。大切なことは、おちついて行動できる間に、意欲的な活動、楽しいなかまや教師とのやりとり、充実した達成感などをたっぷり体験しながら、自分の行動をみずからコントロールする力を獲得することだと思います。 なお、副作用として、不眠、食欲不振などが指摘されていますので、お医者さんの適切な指導のもと服用することが絶対条件です。 Q9 LDやADHDの子どもと関わる時大切にしたいことはなんですか 大切になる点は、発達的な視点で子どもをとらえることだと思います。そのためには、たとえば多動や衝動などの行動を、単純に消去すべき「問題行動」と見るのではなく、次の発達への原動力と見る視点が必要です。 「できないこと」だけをターゲットにして「消去させる」個別指導だけではなく、教師やなかまとのやりとりのなかで、子どもみずからが困難を克服していく力を育ませることが大切でしょう。 集団での活動の参加が難しそうに見えるので、ややもするとすぐに「個別的」で「訓練的な」指導を行ないたくなりますが、そういうときこそ、なかまと一緒の活動のなかで、真のコミュニケーションの力、自分をコントロールする力をつけるさせるような活動づくりや働きかけが重要になると思います。 <参考文献> 「障害者問題研究」第30巻2号「LD・ADHD・高機能自閉症の保育・教育」 (全障研出版部、2002年8月) |