障害者問題研究  第35巻第2号(通巻130号)
2007年8月25日発行  ISBN978−88134−544−3 C3037  定価 本体2000円+税

特集 インクルーシブ教育と共同の原理

 特集にあたって 大久保哲夫

インクルーシブ教育の思想とその課題/清水貞夫(みやぎ教育文化研究センター) 

 要旨:はじめに、インクルージョンは、1980年後半以降の教育・政治・経済などの諸潮流の合流として成立してきたことを指摘した。次に、インクルージョンは、インテグレーションと対比すると、サポート付き教育の主張であり、通常教育改革の思想であることを論じた。さらに、インクルージョン主張者が、サポート付き教育として、通常学校や通常学級の在り方を如何に描いているかを説明し、分離主義と批判される特別学校をめぐる英国での論争を紹介した。最後に、インクルージョン推進のために解決されなければならない4つの課題を提起した。それらは、@差異のディレンマ、A通常教育改革の可能性、Bソーシャル・インクルージョンと教育でのインクルージョン、C教育の場の連続性(カスケード)の柔軟性の確保、である。
 
キーワード:インテグレーション、サポート付き教育、通常教育改革、教育の場の連続体


インクルーシブ教育における参加と多様性の原理/荒川 智(茨城大学教育学部)1

 要旨:インクルーシブ教育においては、排除されるおそれのある生徒の固有のニーズやアイデンティティを無視せず、全ての子どもの差違と多様性を尊重し、学校の授業から地域の活動まで様々な学習活動への参加を平等に保障するという、学校教育全般の改革が目指されている。インクルーシブ教育をめぐる議論を「場」の問題に矮小化させないで、生徒の「同化」を求める結果になった統合教育と区別する重要な指標となるのが、「多様性」と「参加」の原理である。欧米におけるインクルーシブ教育への改革のプロセスは今、市場原理に基づく「スタンダード・アジェンダ」(競争的学力向上政策)との間に生じる様々な矛盾やジレンマに直面し、特別なニーズをもつ子どもが再び一般の学校から排除される傾向を生んでいる。しかしその一方で、そうした厳しい状況の下でも、従来の生徒像や学習観を見直し、多様性を尊重し、参加を保障するためにカリキュラムや指導法の発展が模索されている。特殊でもメインストリームでもない、インクルーシブなカリキュラムと指導法の構築が、求められている。その際のキー概念となるのが「共同性」である。
 キーワード:インクルーシブ教育、多様性、参加、インクルーシブなカリキュラムと指導法

 
特別支援教育構想と「交流及び共同学習」の位置/越野和之(奈良教育大学)

 要旨:特別支援教育構想の具体化過程(2000-06)における「交流(及び共同学習)」概念の位置と、04年の障害者基本法一部改正および06年の学校教育法一部改正の二つの国会審議過程におけるそれとを検討した。前者の検討では、文科省の特別支援教育構想において、「交流」ないし「交流及び共同教育」は基本レベルに明確な位置づけをもたず、その時々の重要な論点に強引に決着をつけるための方便として用いられた傾向が強いことを指摘した。後者の過程については、「共同学習」の意味を「障害のある子どもが普通学級で学ぶこと」などとして、従来の「交流」を超える意味を付与しようとする動向があったこと、しかし文部科学省サイドはそうした概念化を拒み、「交流及び共同学習」を一体的にとらえるとともに、通常学級における障害児の教育は「その一形態」と位置づけるにとどまったことなどを述べ、06年学校教育法改正では「交流及び共同学習」をめぐる諸論点には決着がつかず、両院附帯決議というかたちで、事実上論点の先送りがなされたのではないかと指摘した。
 
キーワード:特別支援教育、交流及び共同学習、障害者基本法、インクルーシブ教育


教育における共同の思想――新自由主義に抗して/折出健二(愛知教育大学)

 要旨:共同とは、相互に承認し合う者どうしがコミュニケーションをつくりだしていく営みである。幼児期の段階では、子どもにとってまだ自己と他者のはっきりとした構図はなく、双方は融合的である。遊び、学習、作業、制作などの活動のなかで様々な他者(仲間や教師を含む)との出会いを介して、子どもは自己の二重化を経験しながら、社会的な人格を形成していく。子どもは、乳幼児期から少年期にかけて、この元基的な共同を踏み台にして自立に挑み、この過程で様々な他者との出会い、交流、相互承認をなしていく。それらが彼/彼女の人格的自立にもつながっていくのである。
 新自由主義は、市場の競争原理によって、このような共同性を壊す作用である。子どもたちの暴力性もその影響下で発生している。その弊害に抗するものこそ、いまわたしたちが問うている〈つながり〉、相互の共同性の回復にほかならない。
 キーワード:他者、相互承認、つながり、暴力、平和的自立
 


全障研全国大会における“交流・共同教育、障害理解学習”実践と研究の展開
  /藤森善正(全国障害者問題研究会奈良支部)

 
要旨:全国障害者問題研究会全国大会に「共同教育」の分科会が設置されて34年が経過している。本稿では、交流・共同教育をめぐる実践と研究がどう展開されてきたかを整理し、「権利としての障害児教育」を前進させる教育実践の中で、「共同教育」が果たしてきた役割と課題について考えてみる。この分科会の意義を最も簡潔に言えば、「学び合い・育ち合う共同教育」の実践が全国各地に広がっていくとともに、「障害理解学習」や障害者の「自分理解」学習といった新たな課題を提起し、その実践と研究を深めてきたことにある。さらに、こうした取り組みが、すべての子どもたちがおかれている今日的状況の中で、障害の有無をこえて、自分をみつめ、自分理解を深める学習として大切な課題になってきていることを明らかにしてきたことであった。
 キーワード:全障研大会、交流・共同教育、統合教育、障害理解学習、障害者の自分理解


インクルージョン教育と特別支援教育の現実的展開
   ――地域コーディネーター活動から考える/二通 諭(石狩市花川南中学校)

 要旨:教育現場でインクルージョン教育、インクルーシブ教育と呼号しても、否定はされなくても賛意を示されることはない。現場教師はそれらの言葉にリアリティを感じていないからだ。現場ではインクルージョンどころか、むしろ通常学級離れが進行している。各種調査を見れば一目瞭然だが、通常学級が障害のある子どもや特別な支援が必要な子どもたちに対して負け戦になっていることは明らかだ。“リアリティがない”ということの正体はここにある。では、特別支援教育への移行が反転攻勢の切り札となりうるか。果たして、特別支援教育移行の目玉である支援員が目論見通り配置された場合、どのような成果を生み出すことができるのか。現実を直視しつつ、インクルージョン教育の行方を考察する。
 キーワード:インクルージョン教育、特別支援教育、支援員、特別な場、通常学級


特別支援教育における地域支援体制づくり
  ――福井県の場合 滝川国芳(国立特別支援教育総合研究所教育支援研究部)

 要旨:障害のあるすべての幼児児童生徒の教育の一層の充実を図るため、学校教育において特殊教育から特別支援教育への転換が進められている。そのため全都道府県では、特別支援教育体制の整備が喫緊の課題となっている。本稿では、福井県の取り組みを紹介する。福井県では、1970(昭和45)年からこれまで小中学校の通常学級に在籍する特別な教育的ニーズのある児童生徒を対象に学校巡回指導を実施している。1985(昭和58)年に県特殊教育センターが設置されて以降は、教育相談、教育指導、巡回指導、教員研修、調査研究等が業務として行われ、福井県の特殊教育を牽引してきた。現在は、特別支援学校のセンター・オブ・センターとして各特別支援学校と連携し、特別支援教育コーディネーター養成研修、発達障害に関する学校ガイダンス、小中学校での巡回指導や教育相談、地域の専門家チームへの参画等を積極的に行い、地域支援体制づくりに努めている。
 
キーワード:特別支援教育、巡回指導、地域支援づくり、特別支援教育コーディネーター養成研修、センター的機能推進研究協議会、専門家チーム


地域・学校づくりの“新段階”としてのセンター化
 /森山正博・坂下佳子・安福陽一・山中憲一(京都府立向日が丘養護学校)

 要旨:「学校づくりは地域づくりである」という理念が具体的な課題をもって現れるのは、「地域制・総合制養護学校」に転換してからである。1981年より「外来教育相談」がスタートし、1997年からはそれぞれの施設や学校を訪問する「巡回教育相談」が始まった。センター化が単に外部へのサービスに留まるのではなく、在籍している子どもたちにとっても役立つ地域生活・学校生活の安定・充実でなければならない。その仕事は、地域の実践力を高めるために全校教職員で担うべきだと考えている。
 キーワード:学校づくり、地域づくり、特別支援教育コーディネーター、教育相談、地域支援
地域にねざした障害児教育の制度をどう展望するか


  ――「山口県特別支援教育ビジョン」を問う/山本祐三(山口障害児の教育を進める会)
 要旨:山口県では、国の特別支援教育への転換に呼応して、「山口県特別支援教育ビジョン」を策定し、その実行計画にそって具体化が進められている。障害児学校の在り方にかかわっては、全体として既存の人的・物的資源に依存し、中教審答申の枠組みを踏まえたものとなっている。しかし、実行計画はそれにとどまらず、ノーマライゼーションをキーワードにして、盲・聾・養護学校のすべてを5障害に対応する特別支援学校にすること、7つに設定した支援地域に特別支援教育センターを設置した拠点校をおくこと、それを補完するために、小・中学校にサブセンターを設置すること、盲・聾・養護学校の希望する児童生徒に居住地校への副次的な籍を置くこと等、踏み込んだ提起をしている。こうした提起が、山口県の実態の中でどのような役割を果たすのか、あるいはどうすれば意義あるものになるのか、これまで検討してきた論点を報告する。
 
キーワード:特別支援教育センター、地域コーディネーター、サブセンター、副籍制、居住地校交流

【資料】
気管切開をした幼児の保育園入園に関する訴訟とその意義/下川和洋(東京・八王子東養護学校)

 要旨:2005年11月2日、気管切開をした女児の保護者は保育園入園を求めて、入園不承諾処分を行った東大和市を相手に処分取り消しと保育園入園承諾の義務付け、および保育園への入園を仮に承諾することを求める仮の義務付け申し立てを東京地方裁判所に行った。この裁判は、「医療的ケア」が必要であることを理由に保育園入園を拒否することが行政として適切な対応なのか、という「医療的ケア」に焦点化された裁判であったと言える。仮の義務付けの判決により、女児は仮の保育園入園が実現した。また、判決では、「医療的ケア」を理由に入園を不承諾した市の対応は裁量権の乱用であるとし、措置にあたっては、個々の子どもの実態をよく検討する必要性が再確認された。
 現在、「医療的ケア」を必要とする子どもたちが、地域の小学校・中学校に増えてきている。こうした中、「医療的ケア」の有無を保育や教育行政の処分・措置の条件にするのではなく、保育園や学校において適切な支援が受けられるように、自治体は一層の充実が求められる。
 キーワード:医療的ケア、気管切開、訴訟、仮の義務付け、保育園

発達保障論をめぐる理論的問題 【第10回】 
   集団と発達保障(1)/加藤直樹(立命館大学名誉教授)


■関連する特集
Vol34-1 125号 2006年5月 障害者権利条約制定に向けての基本課題
Vol32-1 117号 2004年5月 脱施設化とインクルージョン社会

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