北欧の国から 3


93/09/27 23:59:37 北欧の国から(3)場の統合

最終日の前日23日、
ストックホルムのプラザホテルの一室で、
訓覇(くるべ)法子さん(ストックホルム大学研究員・「スウェーデン人はいま幸せか」著者)
の講義を受ける。
 統合(インテグレーション)というと日本では誤解されている場合があるようだが、
 保育園や学校でも「場の統合」は徹底しているが、
 個人レベルの統合は、本人の能力とニーズによる特別メニューにより、
 子どもにとってどのような統合がいいのか、
 臨床心理や医学の専門メンバーの査定もうけながら、
 知的レベルや音楽など科目による統合がこころみられている。

 盲学校は点字や教材の工夫でゼロとなったが、
 ろう学校は手話を第一言語、スウェーデン語を第二言語として現在7校ある
 しかし、上記とも知的障害を合わせ持つ重複障害児となると
 特別学校で教育されている。
 特別高等学校も全国で4校ある。

さて、旅の三日目にもどる。
9月15日午前。
コペンハーゲンの北1時間ほどのところにある
人口5万6千の町ヘルシンガー市の煉瓦づくりのグリュモーセ小学校を訪問した。

案内してくれたすてきなおばさまのニナ副校長によれば、 
デンマークの就学年齢は5歳、
 この学校には300人の生徒(内29人が障害児)、職員74人
 幼児から2年(チーム1)、3年から5年(チーム2)など5つのチームに
 わかれて教育していて、障害児クラスを「チーム5」とよんでいる。
 その他、「レジャーセンター」という日本でいう「学童保育所」が
 小・中学生を対象としたものと、障害児を対象としたものがある
 チーム5には、担当教員にくわえて、OT、PT、STが配置されている。
 教育は市の責任だが、障害児には県より予算措置がある。

わたしたちが見学したのは、脳障害といわれる、
日本では東京の養護学校に通うであろう重い障害児だった。
手遊び歌のような実践場面だった。
体育館での男女別の運動場面もみせてもらったが、
軽度のダウン症の子がさかんに話しかけてきた。

ここでも障害児だけが対象とされていた。
娘の良があきちゃったので、外でいっしょに遊んでると、
普通クラスの低学年児たちが、先生といっしょに学校内にある森のようなところから、
たくさんの赤い実をわっしょいわっしょいとはこんでいたが、
子どもたちはみな明るくのびのびしていた。

ニナ副校長の説明
 音楽の授業などではチーム5の発達している子どもを普通学級にインテグレート
 することもしているし、普通学級担任の教員がチーム5で授業することもしている
 共通の行事などでも、できるだけの統合化をはかっている
 彼らは安心感をもっており、休み時間などには教員の部屋に来ることもある

日本のイメージでいうと、普通小学校のなかに小さな養護学校があり、
子どもたちの発達の状況によってむりのない統合がこころみられているという感じだろうか。

前日お宅を訪問させてもらった、ステファンさんは
脊損で車いす生活をしてるが15歳の連れ子の軽い発達の遅れのある娘さんの将来について、
 小学校のころは普通小学校に通わせていたが、今は養護学校に通わせている。
 おなじような子どもたちが育ち会う関係というのはとても大事だ。
 だから18歳になったら、この子にはグループホームにいってもらいたいと
 おもっている。といっていた。
それが普通の市民感情のようだ。

15日、小学校につづいてローゼンキルド特別幼稚園を訪問した。
普通幼稚園内での障害児のインテグレート場面を希望していたが、
小学校と同様「幼稚園」
(=キンダーガーデンは3歳児以上、3歳未満はゆりかご園というのだそうだ、
1800年代後半、産業革命後の女性労働力確保のために救済政策としてスタートした。
日本でいうと保育園そのものである)の敷地内にあって、園庭を共有していた。
日本では障害幼児通園施設という感じである。

施設長のアニーさんによると、
園は朝の6時(朝食は園でだす)から夜の9時、
障害児10名(重度の子がほとんどで経管栄養の子もいた)の県立施設。
送迎バスもあった。

さて、小学校、幼稚園とインテグレーションをキーワードに訪問したが
この間、全障研などが主張してきたものそのもので、
その現実が北欧にあったと、
大きな確信となったものだ


イメージ

 小学校内にある障害児学級


イメージ前に戻る