バルト海の休日<3>
   第2話その2 「世界で一番すばらしい」システム


この小連載は、パソコン通信の<みんなのねがいネット>、People<福祉工作クラブ>
それと何人かにEメールなどで送りつけさせてもらっている。

江東区の作業所に勤める丹さんから、頸損の内山さんのとりくみについて、
  >>具体的にどのようにしているのか知りたいです。うちの仲間にも拡げたい。

と質問があった。
すると、

  >>環境制御装置という製品を使っています。これは
  >>スイッチボックスといったようなもので、複数の
  >>スイッチを電子的に選択して、それらをON/OFF
  >>するもの。さらに、学習型の赤外線リモコン機能に
  >>よってTVやオーディオ、VTRなどへのアクセスも可能。
  >>彼ら高位頚髄損傷者の場合、ベッド上の生活時間が
  >>長いので、ベッドに呼気スイッチを取り付けて、TVの
  >>チャンネルを自分でも変えられる!というのが事の起り。
  >>
  >>それまでは介助者の手を借りていたが、テレビのチャンネル
  >>を回すことだけの介助を一日何回もお願いするのが苦痛で
  >>介助する側もテレビのチャンネルや音量ごときで、呼び付け
  >>られる面倒から開放された福音のシステム。

と、じつにていねいな解説が、現在、アメリカのスタンフォード大学に留学中の
リハエンジニア・伊藤英一さんからあった。
さらに、つづけて伊藤さん
  
  >>でも、生活観や社会システムの異なる北欧とは異質な物で
  >>しょうね。アメリカでは逆に機械で出来る所はロボットを
  >>導入してもやってしまおうという勢いです。でも、人が
  >>対応するべきことは「人」でないといけないという姿勢は
  >>変わりません。

そそ、いずこも「人」がポイントなんだよね。
でも、こういう刺激的なやりとりが一晩のうちにできててしまう
電子ネットワークの世界というのは、やめられない、とまらない(^_^)


さて、前回の話のつづき、すてきな緑の庭に出てのペーターの話です。
以下、彼の発言の要旨。

・「オーフス方式」と呼ばれる障害者がヘルパーを雇用する方式は
 デンマーク、ソーシャルサービス法の77規定(新法)による。

・本人が市に申請すると、会議がもたれる。
 会議の構成員は看護婦、医師、市の弁護士、本人、家族で
 1日何時間のヘルパーが必要か話し合う。会議のマニュアルはない。
 会議の決定に対する「不服申請」のシステムはあるが、
 市はその「申請」以上のサービスを用意しなければならない。

・ペーターの場合、5人のヘルパーにより24時間のヘルプ体制がある

・この「オーフス方式」は市にとって金はかかるが世界で一番よいシステムだ。

・市が支払う費用は月1万ドル。それは5人のヘルパーに支払われるが、
 その賃金の半分はまた税金として市に「還元」されている。

・施設やグループホームに収容された場合、費用は月8000ドル。
 だが、職員養成の費用などさらに市は支払うわけだから、金額としては変わりない。

・ヘルパーの必要時間が週18時間以上ならば施設のほうが快適かもしれない
 18時間以下ならば、自立して生活して社会に向かって行くほうが安上がりだ。

・ヘルパーの雇用については市の相談センターに行き「ヘルパーリスト」で知るか
 新聞で公募し、面接する。わたしは新聞に募集し、すてきな人を採用した。

・ヘルパーの質について市の規定は「18歳以上であること」のみだ。

・サービスは、障害者のもっている財産などに関係なく、障害の程度によって
 ハンディに対して、行われるものだ。

・ペーターの場合、「仕事」は「コンサルタント」(障害者団体の)や「デザイン」
 収入は障害者年金
(額は特別な教育を受けていない人のフルタイム賃金額+ハンディに対する援助金)

さて、この「オーフス方式」をデンマーク社会研究協会の片岡豊さんが
コンパクトに解説しているので、以下引用。
(片岡「オーフス方式の成り立ち」『クローさんの愉快な苦労話』ぶどう社)
  
  デンマークのハンディキャップ者は、障害者年金で生活は保障されており、
  電動車椅子やリフトなど、必要とする補助器具も無料で貸与される。
  介助を必要とする重度のハンディキャップ者が自立して在宅生活を希望する
  場合は、その人の生活活動や個人的性格に合ったヘルパーを雇用できるように
  ヘルパー給料分の手当が地方自治体から支給される。ハンディキャップ者は
  その手当で自分に適したヘルパーを雇用し、自分の介助態勢の管理をするわけだ。
      (略)
  ヘルパー組合の推定によると、全国で1500人から2000人のヘルパーが
  約300人の自立ハンディキャップ者に雇用されている。
      (略)
  (オーフス)市内には現在140名の重度のハンディキャップ者がオーフス方式
  に基づき自立生活をしている。

  重度のハンディキャップ者とは、障害の種類でいえば、主に筋ジス、四肢麻痺、
  脊椎損傷、関節リュウマチ、脳性麻痺、硬化症などがあげられる

では、この「世界で一番すばらしい」システムに問題点はないのか?
ペーターに率直に聞いてみた。

ペーター>
 わたしは15年間ヘルパーを管理しながら暮らしている。
 しかし、だれもがうまくいっているわけではない。
 ヘルパーとの人間関係がうまくやっていけない、管理者になれない
 などこのシステムが使えない場合もある。

わたし>
 うまくいかないと判断するのはだれか?

ペーター>
 そこが問題だ。
 市はいったん権利を与えたら、タッチできない。
 (それはそれですごーーいことだ(^^;))
 システムが使えない人にどう人間関係の在り方や、管理者としての教育を
 行っていくか。当事者同士のアドバイスなども有効だが。

さて、この項も長くなった。
先ほどの『クローさんの愉快な苦労話』から
クローさんの言葉を引用してつぎにすすもう。
「クローさん」とは、このオーフス方式を誕生させた障害者(筋ジス)
エーバルド・クロー氏のことだ。

  私たちは悲壮なキリスト教ではなく、歓喜のキリスト教を讃えている。
  神が私たちに生命を与えたのは、私たちが人生を有効に使うためだ。
  だから単に感謝の祈りを述べるだけではなく、
  実際に人生を有効に使い、
  人生を楽しむことが、神を讃えることなのだ。


デンマークでの通訳をしてくれた看護婦の木下澄代さんによれば
 (木下澄代・深井せつ子『デンマーク四季暦』東京書籍)
 年越しの日、午前0時をつげると
 デンマークの街の鐘の音は響きわたり、
 子どもたちは、次々に立っていた椅子から飛び降りるのだという。
 <新しい年に飛び込む>という表現だそうだ。
 <新しい年を迎える>のではなく、<飛び込む>のだ。
 積極的でなんとデンマーク的だろうか。

そんなデンマーク、オーフスの昼下がり。
石畳の道と、おとぎの国に迷い込んだような路地をぬけ、
お昼は、近くの街の中心にある地区センター
(1Fは高齢者のアクティビティセンターと食堂、2Fは障害者の作業所)で
簡単な食事をした。

たまたま向かいの席に座った、
2階で働いているという現地の青年が
水のありかとか、ふとった東洋人に
いろいろ世話をやいてくれる。  

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オーフスの街並み


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