夜明けを待ちながら(2)
ITと障害者・スウェーデン編




90年代のはじめ、スウェーデンもバブルが崩壊した。マイナス成長が3年続き、失業率は93年に8%を越えたという。しかし、この10年で景気回復と財政再建に成功し、世界的な大不況という「絶望の海」に浮かぶ「希望の島」と称えられる。

その秘密は、ITやサービスなど新産業への支援と教育による人々の能力の「底上げ」だという。東大教授の神野直彦さんによれば、(日本経済新聞5月16日付、『二兎を得る経済学』講談社新書)世界最強の情報技術(IT)国家を目指した学びの社会スウェーデンが重視したITインフラはハードウエアではなく、人的なヒューマンウエアである。ハードウエアを充実するだけでは、ITにアクセスできる能力のある者とない者との間に、格差が生じるからである。

そのため決して落後者を出さずに、「いつでも、どこでも、だれでも、無料で」という教育システムを築き上げ、保育園からIT教育を始めている。

その現場を、そこで暮らしている障害者の生の声を聞きたいとおもった。旅の3日目。カチッとした秋晴れ。
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 ストックホルム市の北部、ストックホルム大学のもっと北の方に、日本なら「幕張メッセ」のような大規模な展示場がある。「ITと障害者展」がちょうど最終日だった。

 16のブースが展示していて、パソコンや補助器具の他、すてきな色合いで肌合いもいい遊具や教材が豊富だ。いろんな楽しい音のでるボード、あそび砂、絵文字を使った電話器、静かなブームになっているといわれる「スヌーゼレン(感覚統合教室?気持ちがよくなる部屋?)」のブースでも熱心に担当者が解説してくれた。

 パソコン関係では、視覚障害者がディスプレイに映る地図や図面を認識できるマウスが目を引いた。(言葉で説明すると大変(^^;) でもマウスをさわっているとその画像がどんなものかたしかにわかる)

 入口にある一番目立っていたブースが、この展示会を主催したHI(The Swedish Handicap Institute)だ。 http://www.hi.se/

 HIは、障害者の生活の質の向上めざし、ITの活用によって、仕事などの社会参加を積極的にはかるため、調査、開発、研究を行なっている組織だ。
 年間予算は国やコミューンからなどの資金援助により約12億円。研究所にはさまざまな専門家など90名のスタッフがいるという。IT for Disabled and Eldery People (ITをすべての障害者、高齢者に)が活動のスローガンだ。

 そのスタッフの一人が、今日夕方お宅に訪問するオーセさんだ。今日はブースには来ていないのかと聞くと「彼女は今日は疲れたというので帰ったわ」「ハズバンドは視力障害者で、この世界では有名な「オタク」よ(^_-)」とスタッフが教えてくれた。

 展示場のある郊外の駅前で、プレゼントの花束を買い、電車と地下鉄を乗り継いで、(中央駅の地下で一人が”迷子”になって、ロスタイムもあったが(^^;))駅から歩くと3分ほどのところにある11階建てのアパートの5階にめざすお宅があった。

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 「アパート」といっても日本の「高級マンション」だと想像してほしい。一般の住宅費は、暖房は自治体完全負担で日本の「アパート」以下。約80平米の3DKでおおよそ4万円程度とか。スウェーデンには「住宅省」があり「住宅大臣」がいるそうだ。

 賃金の単純比較は社会保障レベルが違うのであまり意味がないが、住宅費は子どもの数や障害の程度によって8割から10割が補助される。公務員の賃金は日本のほうが高いくらいだが、いわゆる「共稼ぎ」家庭が普通だから、家庭収入は日本の×2。もちろん医療・教育費は無料だから、税金を収入の半分支払っても、生活の内容で比較すると、はるかにスウェーデンは高い感じ。

 さて、重度の脳性マヒ者のオーセさんは、40歳前後の女性で、大学でITを学び、いまはHIのスタッフの一人として働いている。

 部屋は電動車椅子利用の肢体不自由者と全盲者が利用するため、平均より広いそうだ(日本の感覚からすると、めちゃ広い(^_^))オーセさんのパソコンルーム。ハズバンドのパソコンルームがある。 仕事は、それぞれがHIのオフィスでするそうで、最寄り駅にはリフトはあるが、オフィスのある駅にはないのでリフトを付けない自治体の責任として、タクシーで週5日通っているとのことだ。

 仕事内容は、当事者から、「どうしたらITが使えるか」「どんな補助器具があればいいか」などの相談に応じている。またどう使われ、どう満足しているのかチェックするのも仕事だそうだ。

 右足でマウスを操作しパソコンを使うところを見せてもらった。この自分用の補助器具のアイディアはオーセさんで、その作業は地域の補助器具センターの責任で、委託された補助器具会社が作ってくれたそうだ。

 インターネットは集合住宅のケーブルテレビ回線を利用していた。常時接続で、電話代と同様に自分で支払っているのだそうだ。

 所得保障(早期年金)があり、94年から実施されているLSS法(機能が満足でない人のための扶助とサービス法)によって「パーソナル・アシスタンス」を雇用することができる。2人の暮らしを支えているのは、"24時間、交代で勤務するパーソナルアシスタントだ。文書を読み上げたり、メールをだしたりはパソコンでするが、それ以外のことはパーソナルアシスタントの手で行われていた。
オーセさんご夫妻(ストックホルム)

 IT含めた生活の基本的な部分がじつに安定している。安定した障害者年金が確立され、移動や必要は補助器具の責任は自治体がもち、24時間のくらしには、それぞれが「パーソナルアシスタント」を雇用できている。そうした総体の中に、IT利用があることを実感できたものだ。

オーセさんたち
 オーセさんたち

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 知的障害者のIT活用についても、生活に根付いたとりくみも垣間見ることもできた。

 前日、ストックホルム旧市街の西、ビジネス街の中のカフェ・ウグランでのこと。4人だがけの丸テーブルが8つの喫茶店で、知的障害者のデイケアセンターだ。

 レジを担当する女性が一人。その横にはスタッフの女性がゆったりとかまえる。立ち上がってそわそわしているスキンヘッドの男性は飲み物の栓抜き専門のようだ。ウエイトレスは女性が2人。厨房にも5、6人が働いている。

 パスタ、ビーフストロガノフ、ミートパイにジャガイモ料理とわいわいドヤドヤと店を「占領」してしまった東洋人の行列にレジの女性はうつむきながら、画面に出てくるメニューの写真を指で押す。
 「**クローネです」とレジから音声が出て、彼女がお金をもらうと、渡すべき釣り銭(お札やコインの写真)が表示されるので、それを一つ一つ一対一対応で処理するのだ。

 このシステムは、横浜のリハエンジニア・畠山卓朗さんとスウェーデンの共同研究によって、わが国でも一部で実用化がはじまっている。

 別の日訪ねた小学校跡地を利用したレストランにも同様のレジがあった。ここでは時間を区切って知的障害のある若者たちがレジを担当していた。レジには担当者の顔写真が表示され、その顔写真を指で押すと、担当用にプログラムされた内容でレジとして機能するのだそうだ

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