PSVC2000 in YOKOHAMA
基 調 提 案
日本障害者協議会(JD) 情報通信ネットワークプロジェクト
1)地域に広がるパソコンボランティア
「福井にもパソボラをつくりたい」。これは長谷川清治さんの数年来の願いでした。遠く白山を望む九頭竜川のほとりの町に住む長谷川さんは重度の脳性まひ者です。からだの緊張が強く、歩行は困難で、重い言語障害もあります。わずかに動く一本の指でパソコンを操作する「パソコン通信」の時代からの古いネットワーカーの一人です。長谷川さんの「助けて!」の訴えから「パソコンボランティア」の原型のとりくみも生まれました。でも、パソコンができるようになると、教えられるばかりでなく、「教えてみたい」「自分も何かの役に立てるかもしれない」というおもいがつのりました。そしてこの夏、長谷川さんの介護ボランティアである大学生やメールで知りあった高専の先生、施設職員や企業のエンジニアなど10名ほどで「パソボラ福井」を発足させました。公的なリハビリテーションセンターさえ無い福井です。不安や心配が先にたちます。でも、楽しく、少しずつやっていこうと、このPSVC2000にも参加しています。
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1990年代、この20世紀最後の10年間は、パソコンやインターネットなどの猛烈な技術革新と普及の歴史でした。パソコンの出荷台数はカラーテレビと並び、インターネット利用者は3000万人にせまる爆発的な勢いです。障害のある人たちにも新しい可能性と希望が広がりました。
しかし、やっかいなのがパソコンです。障害があればなおさらで、障害種別や程度、日常生活の状態などによって、操作や習得にさまざまなバリアーがたちふさがります。そのバリアーをみんなの知恵と力をあわせてサポートしていこうというとりくみが「パソコンボランティア(略称:パソボラ)」なのです。この「パソボラ」は、福井に限らず、全国に広がりはじめています。その地でさまざまなドラマを生み、人と人とのつながりを強くしながら発展しているのです。インターネットで「パソボラ」と検索してみると600件近い情報が得られますが、「パソボラ」は90年代後半のわずかの間に「普通名詞」として浸透しています。
最近の特徴は、より生活に結びついた地域の単位で、「パソボラ」が生まれていることでしょう。PSVC99の前後に産声を上げた埼玉県坂戸市や神奈川県川崎市、横浜市などの市や東京都の江東、葛飾、豊島などの区のエリアにもつくられはじめています。ちょっと「先輩」の杉並区(杉並ここと)や練馬区(ぱそぼらん)なども元気です。たとえば、「川崎パソコンサポートボランティア」では、1年半で100件を超えるサポート依頼があり、のべの出動回数は300回をこえています。「パソボラが多くの障害者に切望された活動であるばかりでなく、サポートするボランティアにとっても楽しくやりがいのある活動であったことの具体的な証」と初代代表はのべます。また、人口10万人の新興住宅地で結成された「坂戸パソボラ」では、障害のある人たちへのサポートを通して、今まで「縦割り」で交流の少なかった、たとえば点訳サークルや朗読サークル、ボランティアグループなどが「横」につながりを持ちはじめています。「パソボラ」が地域の中で人と人をつなぐ役割も果たしはじめているのです。
「人に頼られたり、頼ったり」、ネットワークを活用したパソコンボランティアのとりくみは、障害者の人権保障やだれにとっても使いやすい情報通信環境改善のための問題提起にとどまらず、21世紀を3か月後にひかえた今日において、人と人とのつながりを強くし、夢をみんなで見て、それを実現する活動へとバージョンアップしてきているのではないでしょうか。
2)情報バリアフリー社会をめざして
1993年、わが国の70をこえる障害者団体が連携する日本障害者協議会(JD)内に「情報通信ネットワークプロジェクト(略称:JDプロジェクト)」が設置されてから7年。草の根BBSといわれたパソコン通信運営者の懇談会を基礎に、パソコンボランティアがはじめて一堂に会した「パソコンボランティア・カンファレンス97(PSVC97)」開催から4年がたちます。この間、JDプロジェクトはパソボラ活動の推進のため、情報と人と人との全国的な連携をはかることを目的に、PSVメーリングリスト(参加者 約500名)やPSVホームページ(www.psv.gr.jp)を運営し、必要に応じて、実態調査や政策提言を行ない、積極的な資料集や入門書などの出版活動も行ってきました。パソボラを介して障害のある人にリサイクルパソコンを届ける「パソコンリサイクル」も地域の共同作業所の新しい仕事おこしとしても位置付け、企業にも「ちょっと前には高性能だった中古パソコンの提供」「OSなどの提供」「配送」などに理解を得て、定着しつつあります。PSVC99で提起された「JDパソコンボランティア支援センター」もこの秋から本格スタートします。
一方、行政は、世界的な流れである「同年齢の市民とおなじ人権を保障」しようとするノーマライゼーションの考え方をバックに、「情報アクセス、情報発信は新たな基本的人権」(1995年、郵政省電気通信審議会)と指摘し、調査研究をすすめてきました。
郵政省は1995年より、96年からは厚生省と合同で「社会参加支援のための情報通信の在り方」「情報通信の利活用の促進」「ライフサポート(生活支援)情報通信システム推進」「情報バリアフリー環境の整備の在り方」などのテーマで研究会を開催しています。今年の春に報告書を出した「高齢者・障害者の情報通信利用に対する支援の在り方に関する研究会」は、障害者関係ではパソコンボランティアの事例をもとに、「情報格差」をなくすことと「人権保障」をベースに、@地域での人的支援の必要性、Aホームページなどwebのアクセシビリティを強調しています。また、電気通信関連企業と障害者団体で構成される「電気通信アクセス協議会」が組織され(1998年〜)ました。通産省は「障害者・高齢者等情報処理機器アクセシビリティ指針」を今年改定し、その普及に勤めるとともに、新たに障害者団体のメンバーも委員に加えて「アクセシビリティ委員会」を組織し、指針の標準化と普及をめざしています。
企業の動きはさまざまですが、バブル崩壊後の困難な財政状況の中でもアクセシビリティを検討するセクションの奮闘やNPO活動への助成、企業ボランティアのとりくみなどもはじまっています。
こうした動向のなかでわすれてならないことは、電子メールの普及です。わたしたちの建設的な意見が直接さまざまな組織のトップやそれぞれのセクションの責任者に伝えることができるようになったことです。アメリカでは大統領へのメールには大統領から直接の返信があると聞きますが、わが国でも当事者の意見が行政や企業に直接伝えられる環境がつくられつつあることは、とても画期的なことではないでしょうか。
3)PSVC2000のねらいと21世紀への課題
バブル崩壊後の日本経済再生のスーパースターのように「IT革命」が喧伝されています。もちろん、パソコンやインターネットが障害のある人にとって、「無が有になる」、まさに革命的な希望の道具であることはパソボラ活動で実感します。
しかし、世界規模で猛烈にすすむ「IT革命」の一方で、たとえば、パソコンの「操作マニュアル」はあいかわらず難解です。行政文書の多くは配信用電子文書のフォーマットである日本語PDFファイルで表示されますが、現段階では直接音声出力装置で読み上げることは困難です。パソコンを音声で操作するのはまだまだ大変で、企業のサポート受付電話はいっこうにつながりません。「情報バリアフリー」が大きな政策課題となっても、各省庁は「縦割り」のままバラバラで、同じようなテーマの研究会を設けたり、あるいはそれぞれの省庁間の「縄張り」に遠慮しあうかのようで、そこに困っている障害のある人がいて、そのために行政はいま何をなすべきかという総合的な検討ができていません。また、テクノロジーを活用した支援サービスのための体制づくりや、それらの人材育成に対する計画や予算的裏付けは依然として皆無です。
21世紀を障害のある人にとっても希望の世紀とするには、「IT」はだれもが使えること、アクセスできること、そのための地域での人的サポートシステムが強く求められるのです。私たちがのぞむものは、インターネットや電子メールの講習費を国が肩代わりするようなことではなく、たとえば図書館、学校、医療機関や公民館など地域のだれもが安価で利用できる公共施設の情報通信環境の抜本的な整備とそれらを活用するための支援に必要な人材育成です。
こうした情勢の中で、ミレニアムの「PSVC2000」が開催されます。今回はより生活に結びついた「地域」にこだわって、地域でのパソボラのとりくみから、市民・行政・企業の支援のあり方を考えあいたいとおもいます。そしてつぎの、それは21世紀の課題ですが、カンファレンスに参加されたみなさんとともに深め、とりくんでいきたいとおもっています。
おもな課題
1)情報アクセスの保障
○行政情報のアクセシビリティの徹底
○ハード、ソフト、web、携帯電話などのアクセシビリティの確保
○「日常生活用具」にコミュニケーション機器を含める
○IT関連料金の低廉化・適正化
2)パソコンリサイクルに関連する法制度改善
○リサイクル法、減価償却など、備品の廃棄に関わる税制諸法の改善
3)行政と企業の公的責任とパソボラの役割の検討
○テクノロジーを活用するための支援体制の確立と人材育成
○アクセシビリティ・リテラシーの徹底
○研究開発への当事者参加
○図書館、公民館、学校、医療機関など公共施設の情報通信環境の
整備、充実とそれらを活用するための支援に必要な人材育成
4)JDパソコンボランティア支援センターの本格運用
○毎週金曜日を直接の相談日とし、専任の相談員を配置する
○専用のPHS(070-5360-9493)で応対し、PSVメーリングリストで具体的な支援をよびかける
○支援センターはコーディネート役に徹し、それぞれのパソボラの発展をめざす。
JDパソコンボランティア支援センター
http://www.psv.gr.jp/
PHS 070-5360-9493
日本障害者協議会(JD)
http://www.jdnet.gr.jp/
TEL 03-5995-4501 FAX 03-5995-4502