委員長談話=国連障害者権利委員会総括所見・教育関連の勧告事項について


国連障害者権利委員会総括所見・教育関連の勧告事項について(談話)

  2022年10月17日
  全国障害者問題研究会全国委員長 越野和之

 国連障害者権利委員会が2022年9月9日に公表した「日本の報告に関する総括所見」(以下「総括所見」)については、国内でも既に多くの見解などが示されているが、そのうちの教育に関する内容については、総括所見の趣旨と内容を適切に受けとめ、この国に暮らす障害児者・家族の権利保障に生かしていく上で、より多くの英知を集めた検討が求められている。この談話は、私たちがこうした課題に総合的に応えていくための契機となることを願って公表するものである。

 総括所見のうち、教育(障害者権利条約第24条)について言及しているのは、第51項(懸念事項)および第52項(要請)の2項である。これは、総括所見の「Ⅲ.主な懸念事項と勧告」のうち、「B.具体的な権利(第5-30条)」のうちに位置づくもので、このパートは条約の条文ごとに、「懸念事項」(奇数番号)を指摘した上で「勧告」(偶数番号)を示すという体裁をとっている。

 教育に関する「懸念事項」と「勧告」はいずれも(a)~(f)の6項目からなり、「懸念事項」と「勧告」の各項目の内容は対応関係にある(別添仮訳参照)。各項目に短いタイトルを付すとすれば、以下のようになる。

 (a) 隔離された特殊教育の永続化への懸念とインクルーシブ教育への権利の確認
 (b) 通常の学校へのアクセスと文部科学省4.27通知
 (c) 合理的配慮
 (d) 通常の教育の教師の研修および意識変容
 (e) 通常学校におけるコミュニケーション方法
 (f) 高等教育

 このうちの(a)における隔離された特殊教育(segregated special education)をめぐる記述が、日本では「分離された特別な教育をやめるよう要請」(朝日新聞2022年9月13日)などと報じられた部分であるが、この点(以下(a)項)については後に述べることにして、まず残余の部分を概観してみよう。

 (b)では、「懸念事項」として、通常の学校における障害児の受け入れ拒否と、その背景にある、障害のある子どもを通常の学校の教育に受け容れる準備ができていないという認識および事実があげられ、それと並んで特別支援学級に在籍する児童生徒は、学校で過ごす時間の半分以上を通常学級で過ごすべきでないとする文部科学省通知(2022年4月27日)の問題性が指摘されている。対応する勧告内容は、障害のあるすべての子どもの通常の学校への受け容れの確保、そのための「拒否禁止(non-rejection)」条項の導入、および先の文部科学省通知の撤回である。

 (c)では、障害のある児童生徒への合理的配慮の提供が十分でないことへの懸念が示され、障害のあるすべての子どもに対し、一人ひとりの教育的要求に合致し、インクルーシブ教育を確保するための合理的配慮を保障することが求められている。

 (d)は通常教育の教職員をめぐる指摘である。ここでは、通常教育の教師のスキルの不足と否定的態度が懸念事項とされ、通常学校の教職員の研修の確保、中でも障害の人権モデルに関する意識の向上が要請されている。

 (e)は通常の学校におけるコミュニケーションのモードおよび方法に関する内容である。ろう児への手話教育の欠如、盲ろう児へのインクルーシブ教育の欠如などに対する懸念が示され、通常の教育環境において、さまざまな障害に即した補助的・代替的コミュニケーション(AAC)のモード・方法の使用が保障されるべきことが要請されている。

 (f)は高等教育をめぐる問題である。大学入試および入学後の学修・研究プロセスの両面において、障害学生に対する社会的障壁を除去するための国レベルの政策が欠如していることが指摘され、そうした状況に対処するための包括的な政策の策定が求められている。

 以上の要約からもわかる通り、(b)~(f)の5項目については、通常の学校、通常の学級を含み、さらに義務教育(ないし初等中等教育)段階のみならず、高等教育等(さらにいえば就学前の教育や社会教育、生涯学習、職業訓練等)も含んで、障害のある子ども、青年、成人の教育を受ける権利の保障、そのための諸条件の整備を求めてきた私たちの要求と一致するところであり、また、そうした各領域における教育条件を貧しいものに留め置き、障害のある人たちの学習し、発達する権利を侵害してきたこの国の教育行政に対する痛烈な批判として、心より歓迎すべき内容である。とりわけ、(b)の後段で、2022年4月の文部科学省通知の撤回を求めていることは、通級指導のための教育条件がきわめて貧弱であり、かつ通常学級内での特別な支援の提供を可能にする条件整備も欠如している下で、それらを代替する役割を果たしてきた特別支援学級の多様な運用を否定し、必要な教育条件の整備を行わないまま、通常学級へのダンピング(投げ込み放置)を強要しようとするこの間の文部科学行政のありようへの明確な批判として、重要な内容であると言える。

 他方で、このような積極的な内容にも関わらず、総括所見は教育に関する (a)項の内容において、障害児教育関係者に大きな衝撃を与えている。しかし、この(a)項については、その内容そのものの理解に正確を期する必要があるとともに、それが、今回の勧告において、教育に関する内容の冒頭に位置づけられた背景についても、適切な吟味の下に理解することが必要だと私は考える。

 先にも述べたとおり、日本の報道では、原文のsegregated special educationが、「分離された特別な教育」と訳されたことなどにより、特別支援学校や特別支援学級における教育全般について、その「存続」(perpetuation) そのものが懸念の対象とされ、それを「やめる」(cease)ための国家行動計画の策定等が求められたとする理解が基調であるが、それは果たして妥当だろうか。

 日本政府が提出した障害者権利委員会への報告では、「特別支援教育」はspecial needs educationと訳され、特別支援学校や特別支援学級についてもそれぞれ、special needs education schoolやspecial needs education classesなどの語が充てられている。しかし、これらの用語は、総括所見では1カ所(懸念事項の(a)後段)を除き採用されていない。このことは、一方では生硬な和製英語が避けられたということでもあろうが、もう一方では、日本の特別支援教育は、権利委員会の目から見ると、引き続きspecial education(特殊教育)の性格を脱しているようには見えない、という認識をも示しているように思われる。

 特別支援教育のキャッチコピー「障害の種別と程度に基づいて特別な場で行う特殊教育から、障害のある子ども一人ひとりのニーズを把握し、適切な指導と必要な支援を行う特別支援教育へ」にも関わらず、日本では相変わらず、障害に応じた特別な指導・支援は、特別な場(特別支援学校、特別支援学級、通級指導教室)以外には用意されず、しかもこれらの特別な場は、通常の教育からsegregate(隔離)されたものであることも少なくない。特別支援教育の成果を主張する政府報告にもかかわらず、こうした状況は改められないどころか、「特別な場」で学ぶ子どもの数は増え続けており、それは通常学校・通常学級が、障害のある子どもへの排除圧力を強め続けていることと深く結びついている。日本政府は、2007年からの特別支援教育の開始、2013年からの就学先決定手続きの変更などを持って、「インクルーシブ教育システム」の確立・推進を言うが、それは、特別な場で学ぶ子どもの数の著増状況が明白に示すように、実効性を持ち得ていない。

 権利委員会が、「特殊教育の永続化(perpetuation)」という表現を用いて懸念を示したのは、この国の特別支援教育のこうした状況に対してなのであり、それを転換するためにこそ、総括所見は、条約の締約主体であり、その実行に責任を持つ日本政府に対して、インクルーシブ教育への権利を認めることを求め、具体的な目標、時間枠および十分な予算措置を伴った国レベルの行動計画の策定を求めた、ということなのではないだろうか。

 一方、これに対する日本政府の反応は不誠実といわざるを得ないものである。永岡文部科学大臣は、記者会見での総括所見に関する質問に対して、「特別支援教育を中止することは考えていない」、「〔2022年4月の〕通知は…むしろインクルーシブを推進するもの」、「勧告で撤回が求められたのは大変遺憾」などと述べるに止まった(2022年9月13日永岡文科大臣記者会見録)。そこには、総括所見の指摘やその趣旨を真摯に受けとめて、特別支援教育の制度や施策を再検討する構えは感じられず、ましてや、通常学校・学級の教育、たとえば教員配置や学級規模をはじめとする教育条件、あるいは、「過度に競争的な制度を含むストレスフルな学校環境」(国連・子どもの権利委員会,2019)と批判される教育課程行政を含む教育環境等を改める姿勢は皆無であった。

 私たちは、このような政府答弁などをして、特別支援教育の存続などととらえ、胸をなで下ろすことは決してできない。私たちが、障害のある子どもたち、青年たち、仲間たちやその家族とともに求めてきたことは、特別支援教育=特殊教育の現状のままの存続などではなく、私たちの暮らすこの国の社会が、本当の意味で、権利条約第24条第1項の示す「教育についての障害者の権利を認め」る社会となることであり、その実現を確実なものとするために、日本政府および地方自治体等をして、「インクルーシブなあらゆる段階の教育制度および生涯学習」を確保することに真摯な努力を傾けるものとしていくことである。総括所見における教育に関する内容は、この国の現実に即して、こうした課題の実現をはかる取り組みの重要な拠り所となるものであり、この国における障害のある人たちの教育をめぐる状況をリアルに捉え、解決すべき諸問題を考えあっていくための指針として、重要な意義を持つものであると私は理解する。

 なお、総括所見を以上のようなものととらえ、その実現を図る努力の過程において、「隔離された特殊教育の廃止(cease)」という総括所見の文言が、人間の発達のすべての時期において、通常の教育環境とは相対的に区別された一切の特別な教育の場、特別な教育課程等の存在を否定するものであるのか、それは果たして、条約第24条第1項の示すインクルーシブ教育の三つの目的の実現に資するものであるのかどうかということについての、建設的で実りある対話が求められよう。この国には、障害のある子ども、青年の人間としてのゆたかな発達の実現を期してとりくまれてきた、特別支援学校、特別支援学級等における教育実践の豊富な蓄積があり、その発展を期す真摯な努力がある。それは歴史的にみれば、通常の教育環境とは相対的に区別された教育の場および教育課程等の存在を前提として成立し、発展してきたものである。障害を理由に、特別な教育での場を強要されることは、換言すれば通常の教育環境からの排除に他ならず、そうした事態は根絶されなければならない。しかし、そのための努力と並んで、現存する特別な教育の場と通常の教育環境との間の物理的な隔絶をなくしていくこと、あわせて、教育目標や教育課程、教育年限や卒業後の進路保障等々、特別な場における教育に残存する差別的なとりあつかいを一つ一つ確実になくしていくことと結びながら、これらの場によって生み出されてきた、障害のある子ども・青年のゆたかな発達を確保し、その源泉となる教育実践をさらに発展させ、それを基礎づける教育条件を整えていくこともまた、「隔離された特殊教育の廃止」を展望するもう一つの道ではないか。国連障害者の権利委員会総括所見の勧告に対しては、このような論点もまた提起される必要があるものと私は考える。総括所見を期に、この国における障害のある人たちの「教育についての権利」の総合的な実現にむけて、事実に基づいた旺盛な議論がなされることを願う。

教育関係の内容の仮訳は以下のPDFファイルをご参照ください

 委員長談話と仮訳含めたPDFファイルのデータです


2022年10月17日