第58回全国大会(奈良2024)基調報告案 ご意見ください

全国障害者問題研究会
第58回全国大会(奈良2024)基調報告(案)

 常任全国委員会




はじめに

 「子どもを産む・産まないは人から勝手に決められることではありません。判決が自分のことを自分で決められる社会につながることを、心から願っています」。

 旧優生保護法のもとで障害を理由に不妊手術を強制された人たちが国に賠償を求めた裁判(以下、優生保護法裁判)を審理した最高裁判所大法廷で原告の一人、北三郎さん(81歳、活動名)はこう訴えました。原告のみなさんは異口同音に、家族や自分が悪いのではない、法律をつくった国に責任があったことがわかって裁判を起こしたのだと来し方を振り返って訴えました。

 7月3日最高裁は、旧法と手術は憲法に違反する、不法行為から20年で損害賠償請求権が消える除斥期間を適用するのは「著しく正義・公平の理念に反する」と断じました。まさに歴史的な全面勝訴判決です。問題の本質を社会に広げ、日本社会の人権水準を高め、力にしていきましょう。

 障害者の権利を保障する視点で社会を見たとき、改善すべきさまざまな矛盾や課題が明らかになってきます。

 その例が災害です。2024年1月1日に発生した能登半島地震は甚大な被害を生み、被災者は現在も多くの困難を抱えた生活を余儀なくされています。いち早く現地支援を開始したきょうされん「能登半島地震」災害対策本部は、高齢化率が5割を超える状況の中、支援が必要なのに、そのニーズが認識されずに孤立状況にある障害者々の実態を報告しています(『みんなのねがい』6月号)。支援者不足のために福祉避難所が開設されなかったという報道もされました。能登半島地震では、現在の日本が抱える高齢化、地域格差などさまざまな矛盾が浮き彫りになりました。

 しかし、これまでに各地で発生したさまざまな災害をみると、そこで得られた教訓が国の施策に十分に反映されているとは言えません。東日本大震災から13年が経過しましたが、福島第一原発周辺の「帰宅困難地域」は解消されておらず、故郷に帰れない人々がいます。被災地で生活している人々の声をしっかりと聞き続け、今何ができるのか、被害を最小限に留めるためにどのような備えが必要なのかを考え続けなければなりません。そのためには、国や自治体の行財政のあり方を、生活するすべてのものの安全・安心を保障するものに転換する必要があります。

 4月、2024年度の障害福祉サービス等報酬改定が行われました。今次改定の特徴は、成人、児童分野ともに「加算による評価」を前提にした基本報酬引き下げ、成果主義の強化、支援時間による報酬の細分化にあります。これらが重なり合い、すでに年間数百万円もの減額が見込まれるという事業所からの声もあがっています。こうした報酬の特徴は、障害福祉を介護保険制度にさらに近づけようとすることにあります。生きること、生活すること、働くことに対する支援が細切れにされたり、加算が付くかどうかといった観点での支援になったりしてよいわけがありません。状況の改善に向けて、高齢者分野との共同がますます求められており、それはまた、福祉の公的責任を問う運動にもつながっていきます。

 2022年9月に国連・障害者権利委員会から日本政府に対して出された障害者権利条約の履行状況に関する「総括所見」は、あらゆる面での「父権主義」と人権保障の遅れを指摘しています。しかし政府は、締約国としての自らの責任を投げ打ち、「総括所見」に対応する法的義務はないと開き直っています。環境省と水俣病患者・当事者団体との懇談会での発言制止問題にみられるように、この国の政府は、そもそも当事者などの声を真摯に受け止める姿勢を欠いています。“私たち抜きに、私たちのことを決めないで”は、障害者権利条約の基本理念であり、政策決定過程に当事者が参加し、その声を行政がしっかりと受け止めていくことの大切さを示しています。「総括所見」の内容をしっかりと読み解き、発達保障の視点から施策の改善を提起していくことが必要です。

 そのためにも私たちは、それぞれが抱えている問題を持ち寄り、話し合い、聴き取りあって、それぞれの思いをより合わせ、手を取り合って根本的な課題の解決に向けてともに力を出し合いましょう。

 ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は3年目を迎えました。イスラエルは世界中の世論の厳しい批判にもかかわらず、ガザ地区での大量虐殺行為を止めていません。戦禍は一般市民に多大なる被害を生むとともに、障害者の生活に甚大な影響を及ぼし、人権を踏みにじります。武力に武力で対抗しようとする考え方では、暴力が暴力を生み出し続ける負の連鎖を断ち切ることはできません。しかし、日本政府は軍事費に2024年度に約8兆円もの支出を計上し、また防衛装備品の輸出ルールを緩和するなど、軍拡の方向に舵を切り、憲法9条の改悪も目論んでいます。障害者を生み出す最大の原因は戦争であることを正面に据えて、今こそ、憲法9条をもつ国から、武力ではなく対話と連帯による安全保障の道を、全世界に発信していく必要があります。


Ⅰ 乳幼児期をめぐる情勢と課題

1)「子どもの権利」を軸に考えよう
 保育所では、76年ぶりに保育士一人あたりの子どもの人数が見直され、4・5歳児が30人から25人に、3歳児が20人から15人になりました。「子どもたちにもう1人の保育士を」と声を上げてきた運動の成果です。しかし制度上の改善が、“ゆっくりと待ってあげたいけど余裕がない”という保育現場の悩みの解消にはつながっていません。そもそも発達上の課題をもつ子どもとともにクラスづくりをするにはあまりにも不十分な保育条件です。

 そのようななか、保育所・幼稚園において、保育時間中にスポット的に児童発達支援事業所に通うケースも増えてきたという指摘があります。「○○の力をつけてあげたいから」というねがいによるのですが、子どもの生活や集団はどうあるべきか、保育所等と療育機関が考え合うことが必要です。

 6月、子ども・子育て支援法等の一部を改正する法律が成立しました。「異次元の少子化対策」を具体化する「こども未来戦略」(2023年12月閣議決定)に対応する法改正です。なかでも注目される新事業の一つが「こども誰でも通園制度」。これを推進する人たちは、「同世代の子どもと関わる機会を得て発達を促す」「親の育児負担の軽減や孤独感の解消につなげる」と主張しますが、3歳未満児をスポット的に保育所等に預けることを可能にするこの制度は、安心・安定した関係や環境のもとで生活したいという子どもの要求とはかけ離れています。子どもに関するすべての措置は「子どもの最善の利益」を第一に考慮して行わなければならないという子どもの権利条約にも反するでしょう。社会福祉政策の視点から見ると、公的責任のもとで実施されている保育の分野に自由契約制度を導入することになる点も見過ごせません。

 こども基本法施行やこども家庭庁の発足(ともに2023年)以来、そこに子どもの権利条約の記述が盛り込まれたことをもって、子ども施策が前進するとみる世論もあります。しかし「こども未来戦略」は経済・社会システムの維持、持続的な経済成長の達成を前面に押し出しています。子どもがゆたかに発達する権利を保障し、また、保護者が悩みながらも安心して子育てに向かえるようにするという本来的な目的を見失い、労働力対策としての少子化対策に偏重していないでしょうか。

2)言葉にならない思いに応える保育・療育を譲らない
 2024年4月、改正児童福祉法が施行されました。今回の改正で、児童発達支援センターの中核機能が法に定められ、努力目標であった地域支援が報酬上で評価されることとなりました。しかし、児童発達支援センターの運営基盤は依然として日額報酬制、応益負担であり、利用契約という保護者に責任を押しつける制度には全く手が付けられていません。子どもが遊ぶこと、保護者の相談にのることにお金がかかる仕組みはそのままです。

 今報酬改定に際して、「健康・生活」「運動・感覚」「認知・行動」「言語・コミュニケーション」「人間関係・社会性」という「5領域との関連性」や、「インクルージョンの観点を踏まえた取組」、「支援提供におけるインクルージョンの視点」を個別支援計画に明記することが求められました。現在示されている「児童発達支援ガイドライン(素案)」では、「発達支援」のなかに5領域の支援の具体的な内容まで例示されています。

 子どもたちは、“ほんとうはやりたいんだよなぁ”といった、そっと触れないとはじけてしまいそうな揺らぐ心をもって日々を生きています。その心にゆっくりと時間をかけて寄り添い、向き合ってもらうことで、自分と他者への安心と信頼を育て、外の世界に向かっていくのです。私たちは、言葉にならなくとも、まなざしや身体の微細な動きに表される子どもたちのねがいを要求の表現として大事にしてきました。5領域の具体例として示されるものは、そのような子どもの繊細な能動性を大切にして、子ども自身が発達的な自由を広げていくものではなく、望ましい能力や行動をてっとりばやく形成しようとする狭い発達観をもたらすのではないでしょうか。子どもたちの“やりたい!”がつまった遊び、生活をまるごと捉えた療育が、個別支援計画の「5領域」や「インクルージョンの取組」によって、子どものねがいからかけ離れた実践にならないようにしなくてはいけません。

3)地域で手をつないで共同の輪を
 乳幼児期には、出生時から乳幼児健診を経て保育・療育へと連なる、母子保健のネットワークを基盤に、身近な地域の保健師や保育・療育を支える専門職と一緒に、保護者自身の精神的なしんどさ、貧困などの生活苦も見つめつつ、家族を支え、応援していける体制が必要です。近年、多様な療育事業所や在宅サービスが広がり、保護者の就労へのねがいも高まるなかで、親子通園療育をはじめとする必要な支援につながりづらいといった状況も聞かれます。医療機関委託ではない集団健診、気になる時期からの親子教室のねうちをあらためて確認し合いましょう。保護者が一人で悩まずに安心して子育てができるような子育てネットワークも必要です。公的責任のもと、地域の状況に応じて、医療や福祉など多様な分野が連携して今日的な共同のあり方を考えていかなくてはいけません。

 各地で就学前の関係者を中心に粘り強く集い、地域、ライフステージをこえた課題を共有する努力が続けられています。深まる矛盾をひとりで、あるいは職場や地域だけで抱えるのではなく、職場・地域をこえて語り合う場があることは貴重です。子どもの要求を大切にした療育と、保護者・家族を支えるネットワークとは何かを考え合い、仲間がいることに勇気をもって日々の仕事に向き合うことができます。“子どもと関わる仕事がしたい”という思いを通して生まれてくる悩みも喜びも、みんなのものにできるような集団的な取り組みが求められています。

 今年2月、「発達保障をめざす保育実践・療育実践交流集会」(主催・発達保障研究センター)が開かれ、保育・療育の実践、保育と療育の連携について学び合いました。子どもの発達を保障する地域をつくり、保育・療育をゆたかなものにしていくために、分野をこえて手をつないでいきましょう。


Ⅱ 学齢期をめぐる情勢と課題

1)インクルーシブ教育と発達保障
 国連・障害者権利委員会の総括所見は、障害児学校・学級など分離された特別な教育をやめるように要請したと報じられました。全障研は、総括所見が障害児者・家族の権利保障に生かされることをねがって、『障害者権利委員会総括所見とインクルーシブ教育』(2023年8月)を出版、『障害者問題研究』で「障害者権利条約総括所見の焦点と課題」(51巻2号)を特集し、総括所見の理解を深めました。

 これらを通して、総括所見は、障害のある子どもへの排除圧力を強め続けている日本の通常学校・学級の現状や、特別支援学級に在籍する子どもの実状をないがしろにして一方的に学ぶ場を規定した文科省通知(2022年4月27日)、18歳以降の障害のある青年・成人の教育を受ける権利の著しい制限など、旧来の差別的な特殊教育の性格が残存した「特別支援教育」が永続化することへの警鐘と批判であることを学びました。インクルーシブ教育の実現を阻む教育条件の貧困さや課題は、通常学校・学級をはじめとして、教育全体に及んでいることを押さえておく必要があります

 「障害のある子どもの教育改革提言―インクルーシブな学校づくり・地域づくり―」(2010年3月3日全障研常任委員会)は、「障害のある子どもの教育の改革は、単に特別支援教育の問題でなく、通常の学校教育全体の改革、とりわけ差別と排除がなく学習参加の権利が保障されるインクルーシブな学校づくりと連動」すること、それは「すべての人が安心して暮らし活動できるインクルーシブな地域づくりの一環として展開される」ものであることを指摘しています。この観点を改めて学びなおし、真のインクルーシブ教育について議論を深めていきましょう。

2)子ども、保護者、教師の悲しみ、苦しみ――笑顔あふれる学校を取り戻したい
 競争的、管理的、暴力的な教育により、子どもたちのねがいが抑圧され、その結果、いじめや不登校、自殺など、生存権、発達権、教育権が侵害される事態が生じています。保護者は、学校に背を向け、教職員と共同することができない状況に追いつめられています。また、自分の指導力不足を責め、心を病み、休職や退職する教職員が増加の一途をたどっています。

 こうした異常な状況の背景には、全国や自治体独自の学力テストをはじめとして、学力至上主義の競争的な教育を推し進めてきたこと、現場の実情に応える教職員定数の改善や、教師に無定量な労働を強いる給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)の是正に背を向け、臨時・非常勤教職員ばかりを増やしてきたこと、学習指導要領改訂を盾に教育内容をこと細かく規定し、教育課程づくりへの管理を強めてきたことなど、行き届いた教育のために必要な条件を整えないまま、管理と統制ばかりを強めてきた政治があります。

 特別支援学校では、教室不足が深刻化しています。2023年度の文科省調査では、教室不足数は2年前の調査から381教室減り、3,359教室と報じられましたが、間仕切り教室や倉庫等の転用など、いわゆる「転用教室」にる「一時的な対応」の総数は352ヵ所も増加し、7,476ヵ所に上っています。子どもたちの教育を受ける権利を阻害する「一時的な対応」を教育上「支障がない」と捉える自治体が増え、障害のある子どもたちは劣悪な環境で学ぶことが当たり前、とする価値観が浸透していることが危惧されます。

 私たちは、悲しみや苦しみ、しんどさに侵された学校ではなく、子ども、保護者、教職員の笑顔があふれ、希望や夢を語りあうことのできる学校、権利としての障害児教育を取り戻し、真のインクルーシブ教育を実現していきたいと思います。

 月刊誌『みんなのねがい』には、今を懸命に生きる人たちが綴ったねがい、一人ひとりが自分や相手の大切さを実感できるようなことばがつまっています。『障害者問題研究』には、障害児者をめぐる情勢の背後に潜む本質的な問題や課題に切り込むための多彩な英知がつまっています。本大会には、子どもたちの人間的な発達へのねがいを見つめ、それにこたえる実践を創造したいと願って綴られたレポートがたくさん寄せられました。障害のある子どもたちの豊かに学ぶ権利を保障するために、私たちに何ができるのか、子どもの姿と実践の事実に学び、考え合っていきましょう。

3)子どもたちの豊かな発達を保障するために――安心と信頼で満ちた放課後を
 学齢期の子どもたちは、自分と共通の価値をもつ多彩な仲間とのつながりや、自分にとって真に意味・価値のある世界を発見していくような生活を求めています。

 放課後の生活も大切なその一部です。しかし、放課後生活を支える放課後等デイサービスの場は、財政面で不安定な下に置かれ、その結果、子どもの発達・命が脅かされるような事態が生じています。運営の財源となるのは一日単価制の基本報酬です。今回、子どもの支援時間を3つに区分した基本報酬が導入されました。これに障害の状態や時間延長などのさまざまな支援によって「加算」が付くしくみですが、そもそも実践者の仕事や活動にふさわしい単価(報酬)ではありません。また、乳幼児期同様、「健康・生活」、「運動・感覚」など5領域に対応した個別支援計画の様式が示され、子どものねがいから発想する遊びを中心とした活動ではなく、領域に対応した目標を立て、それに応じた指導をする放課後等デイサービスが増加しかねない状況になっています。

 子どもたちは、安心感と信頼感で包まれ、多彩な仲間との交流が保障された場だからこそ、豊かな発達の道筋を歩んでいくことができます。低い基本報酬を前提として、見かけだけの専門性を掲げて加算を求めざるを得ない矛盾だらけの制度では、そうした豊かな場は実現できません。

 全障研の研究運動から生まれた「障害のある子どもの放課後保障全国連絡会」の実践、運動に学び、子どもも大人も安心できる放課後の場を実現していきましょう。



Ⅲ 成人期をめぐる情勢と課題


1)障害のない人と平等に社会参加ができる社会を
 4月、改正障害者差別解消法が施行され、国と自治体だけに課せられていた合理的配慮の提供義務が民間企業などにも適用されました。けれども実施に必要な財政的な裏付けはなく事業者任せです。そもそも、同法が施行された時から、差別の定義や訴える手段などが不明確でしたが、今回も法を生かすための施策は不十分なままです。

 社会参加の端緒である移動やアクセスの点では、たとえばJR九州で駅員が配置されず鉄道を使えない事態が生じるなど、社会的障壁が残され、あるいは新たに生み出されています。公共的な施設でもアクセスできないだけでなく、トイレ等が使えない、タッチパネルによる注文や支払いができないなど、障害に対応すべき改善課題はあらゆるところにあります。それを訴えたくても、訴えるしくみそのものも整備されていません。インターネット上の匿名掲示板では、当事者の声に対する「わがまま」「めいわく」などの声もあります。格差と貧困が社会に広がる中で、障害者の声を拒み、受けとめない分断も強まっていきます。

2)支援者の不足は働くこと・暮らすことの破壊
 労働人口が減少し、福祉の仕事を選ぶ人たちが減っています。地域において生活を支えられない事態が起こっています。保育・療育、介護などの仕事に携わる人たちの不足は深刻で、高齢分野では2025年には介護人材の需要が約253万人見込まれるのに対して、供給は約215.2万人にとどまるといわれています。障害分野、保育分野も同様で、求人に対して応募がありません。そのうえ離職率も高く定着率が低いままです。公的なハローワークを介した求人では職員を得られず、欠員を埋める必要から派遣会社を使うと、本来、障害者のために使われる税金の一部が派遣会社に流れることになります。

 職員不足の原因は、まず賃金や労働時間などの条件が悪いことにあります。賃金の面では他職種に比して8万円以上も低賃金です。夜勤などもある過酷な労働条件もあります。加えて、障害分野の仕事に就いた人に、どんな支援をすればいいのか、仕事の中核となることがらを伝えようにも、マニュアルに頼ることができない仕事です。強度行動障害や愛着依存行動への対応などには、高い専門性が必要ですが、ゆとりのない職場では、学び合いができない状況もあります。常勤換算方式による職員配置のしくみの下で、限られた時間内で働くパート職員も多く、話し合いもできません。

 言葉がなく障害の重い人の激しい行動を止めようとして「虐待が生じる」という事態も多発しています。虐待防止研修の実施や身体拘束減算による「締め付け」だけでは適切な支援にならないことは明らかです。

 職員が退職し未充足となった結果、入所施設との契約が打ち切られた事例も出ています。ヘルパー不足は余暇支援を制限することにもつながっています。家族のレスパイトのためのショートステイも同様です。「健康で文化的な最低限度の生活」そのものが成り立たなくなっています。

3)障害者支援事業そのものを揺るがす報酬制度
 2024年度からの新報酬は、支援提供時間、利用者の障害支援区分、支援者の資格条件を組み合わせた、より複雑で細分化されものとなりました。就労継続支援B型などは、さらに利用者の工賃で報酬単価が決められます。加えて、「食事提供」、「医療連携」、「強度行動障害」、「地域連携」などを実施した場合には、様々な要件をクリアした上で加算請求ができることになります。職員の賃金保障と事業の維持のために少しでも収入を増やそうと、施設の管理者は必死に検討しています。

 今回の報酬改定の複雑さは、行政職員も困らせています。事業者から加算要件などの問い合わせがあっても応えられないほどで、たとえば「強度行動障害支援加算」もそのための「研修を受けた支援員がマニュアルどおりに支援」していれば加算の対象となるといった程度の答えしか返ってこない自治体もありました。

 営利企業運営の不正もあとを絶ちません。株式会社が全国展開で運営するグループホームで食材費の不正が露見して事業停止措置となった事件もありました。停止となると入居者たちの生活はまったく保障されません。就労継続支援B型などで利用者の出勤不正の報告などもあり、貧困ビジネスがからむ不正が続いています。報酬さえ入れば企業は成り立ちます。行政の監査も人手不足と専門職不足で是正が追いついていない背景もあります。市場化、競争化を徹底的に推し進めようとするこの間の制度改革がこうした現実を生んだことは明らかです。

4)過度な家族負担の解消と暮らしの場づくり
 自己責任、家族責任という圧力が強まる中で、重い知的障害、自閉スペクトラム症、医療的ケア、重い身体機能の不全などの課題がある人たちへの家族によるケア、特に女性である母親への加重な負担が問題になっています。「80-50問題」とも言われ、親が高齢化した時の双方のケアの課題は深刻です。戦後の入所施設一辺倒の政策の結果、大規模で生活の場とは言えない施設が多く存在しますが、こうした入所施設でもたくさんの待機者がいます。しかし行政は、その実態すら把握していません。

 解決のためには、入所施設、グループホームなど形態は異なっても、暮らしの場そのものを増やしていくことと、そこでの暮らしの質を高めること、そのための財政保障を伴った条件整備が連動し、一貫性をもって進められる必要があります。

 家族との暮らしが継続する場合であっても、慣れた通所施設にそのまま通えること、相談も含め活用できる緊急のショートステイ事業など、多面的なサービスを早急に充実することが不可欠です。青年期以降の親ばなれ子ばなれという自立の課題も見据えた支援実践と実践を支える制度が必要です。


Ⅳ 研究運動の課題

1)すべての人の命と暮らしが守られる社会を求めて
 気候変動の深刻さは、水や食料の確保の困難に直結しており、暮らしの前提が脅かされています。円安・物価高騰が進行する中で、実質賃金が低下し、私たちの生活を直撃しています。障害者やその家族には特に影響が大きく、各地の事業所運営にも深刻な困難をもたらしています。日々の生活を成り立たせていくことそのものが大変、という状況です。しかし、こうした状況だからこそ、きびしい情勢に圧倒され、流されてしまわず、私たちが大事にしてきた、障害者の権利保障を軸においた研究運動が求められています。

 これまで述べたライフステージごとの課題を、障害者権利条約の基本である「他の者との平等」、すなわち障害のない人とあらゆる面で自分らしく生きるために必要な課題としてとらえると、検討すべきテーマがさまざまに浮かび上がってきます。身近なところから語り合い、学習と研究をすすめていきましょう。

2)ひとりのねがい、みんなのねがいを基盤に、一生を通じた権利保障を求めよう
 こども基本法が施行され、こども家庭庁が発足しました。子どもの権利尊重がうたわれていても、それが自己責任や家庭依存を前提にしたものでないか、注意深く分析する必要があります。子どもを、さまざまな能力や特性などの観点でバラバラにとらえ、個別の能力を伸ばそうとするような保育や教育ではなく、子ども時代にふさわしい学び、遊び、集団への参加を保障し、子どもらしいゆたかな生活の中で発達へのエネルギーを蓄え、膨らませていけるように訴えていく必要があります。

 一人ひとりのねがいや思いを深く読み解くことよりも、決まりを守らせることを重視する教育が進行しています。そうした傾向はパンデミックによる学校一斉休校を経ていっそう強化されていないでしょうか。大人も、自分で考えずに決められた通りやる方が効率がよい、と流されていないでしょうか。私たちは、一人ひとりの疑問、ねがいを大切に、そこからみんなで議論し学習を深め、声にしていくことを大事にしてきました。一見マイナスに見える言動でも、その深い意味を考えるなかで、発達的共感が広がっていきます。『みんなのねがい』の本年6月号では、うその発達的な意味、文化を共に学ぶことの意味などが深められています。「〇〇の力がつきました」と簡単にまとめることのできない、けれど人間の発達にとって大事な日々の取り組みを、私たちは語り合っていく必要があります。

 青年・成人・高齢期と、人生を積み重ねていく中で、差別と排除の何層もの困難に直面していく社会ではなく、憲法前文に示されている「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」がいっそう保障されるような社会への転換を求めていきましょう。張貞京さんは、もみじ・あざみ寮の実践を描く中で、高齢期を生きる障害者の発達に光をあてています(『高齢期を生きる障害のある人 ―人とつむぎ、織りなす日々のなかで―』全障研出版部)。単純に何かができるようになるという発達観ではなく、発達を、自分自身の変化、環境の変化の中で、関わり方やつき合い方を新たにし、意味づけ直していく過程としてとらえること。そして、一人ひとりの発達保障に取り組む中で、周りの人が発達していく契機になることを訴えています。安心して暮らし、文化を味わい、みんなで集まり、仕事をし、選挙に行き、家族だけで抱え込まずにケアし、ケアされる権利が保障されるような社会への展望を語り合いましょう。

3)学び、運動する輪を広げよう――職場で、地域で、全国で
 困難な中でも、障害がある人によりそう職員、仲間がいます。社会の大きな希望です。教育・福祉の現場では、教員・職員の確保が難しい状況が続いており、最低限の仕事を「こなし、まわす」ことに意識が向きがちです。しかし、そんな時こそ、何に価値をおいて仕事をするのかを考え、学び、語り合うことが必要です。ピンチはチャンス! 働く仲間の集団をつくり、「こんなのおかしい」と疑問を出しあい、発達保障についての学習を積み重ねていきましょう。実践記録を読むこと、書くことは、そのための大きな力になります。

 地域の暮らしと問題にねざした研究運動を支える軸となるのは、支部活動です。パンデミックの期間にも私たちは、ハイブリッドでの学習会、ゆるやかに話す「ゆるカフェ」、会員限定でじっくり話し合う相談会など、さまざまな取り組みを展開してきました。郵送費高騰、支部事務局の多忙化の中でも行われている工夫について、ぜひ交流していきましょう。

 『みんなのねがい』の「読む会」も広がっています。みんなで読むと新しい発見があり、記事をきっかけに自分の話ができて、盛り上がることがたくさんあります。『障害者問題研究』の「読む会」は、内容が難しい…と思っている人も深く学べるよう、執筆者が分かりやすく話してくれます。どちらも、読み終わる前でも参加でき、深めることができます。教育と保育のための発達診断セミナー、発達保障のための相談活動を広げる学習講演会は、発達の権利を保障するための診断・相談・実践について、具体例をふまえながら学べます。これらはすべてオンラインで参加できます。

 そして、夏の全国大会、春の発達保障研究集会。顔をあわせてじっくり語りあえる貴重なチャンスです。職場や支部で語られた実践を、ぜひレポートにまとめて、全国の仲間にも広げて下さい。障害者権利条約や総括所見を生かした権利保障について、しっかりと研究し、運動を進めていきましょう。



*全国大会基調報告案へのご意見は、7月25日までに、電子メールかFAXで必ず文書で全国事務局にお寄せください。

 電子メール info@nginet.or.jp    FAX 03-5285-2603


基調報告案Wordファイル
 

 

2024年07月05日